一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.16 ホールの防災と安全管理(3) ホールの安全管理-安全機器の適切な使用と舞台従事者の意識改革が重要-

 講師 稲田智治(九州大谷文化センター)

●舞台従事者に関する安全管理の考え方

  安全管理は、防災の考え方と同じように事故事例から学ぶことが多い。どんな時にどのようなケースで事故が発生したかを検証すれば、発生や再発を未然に防止することができる。また、労働安全衛生法(地域創造レターNo.86「制作基礎知識」参照)には、従事者の労働災害防止のためのさまざまな規定が設けられている。しかし、安全ベルトやヘルメットの着用義務も、作業の邪魔になる、能率が低下するといった思いから守られないことが多いのも事実である。
 実は安全管理を考える上で一番の問題は、安全ベルトさえ着用しないで高所に上ってしまう、こうした舞台技術者の認識不足にあると言っても過言ではない。意識改革を促すさまざまな対策を講じるとともに、安全管理を実践している先進施設の情報を積極的に収集し、啓発していくことが必要であろう。
 また、舞台上に一般利用者や出演者がいる時に、バトンの昇降や音響反射板の組立を行う「危険行為」をどう防ぐかといった、舞台運営上の安全管理の考え方も確立されていない。これには、安全管理に関わる舞台機構の技術者に資格制度が設けられていないことも大きく影響していると思われる(音響、照明には技能認定制度がある)。資格化も含めた検討が望まれるところだ。

 

●代表的な危険作業と対策
◎照度の確保

 照明のシュート(指定された場所に光を当てること)など、舞台従事者には暗いところでの作業が多く、ホールでの作業というのは暗いところでやるものだという認識がある。しかし、必要以上に作業環境が暗いと事故の原因ともなるため、人が近づくと点灯するセンサー付きの照明機器を設置するなど、照度の確保に留意すべきだろう。

 

◎高所作業(1) 安全帯と命綱

 高所作業を行う場合の安全具がヘルメット、安全帯、命綱である。安全帯にはウエストのみを固定するものと、背中吊りをするハーネストタイプのものがあるが、有事の際の衝撃を考えると後者の方が安定性があり、チョッキ状のフルハーネストタイプが最も安全である。
 命綱には水平命綱と垂直命綱がある。命綱を用いるには舞台上部の美術バトンやサスペンションバトンに墜落防止ワイヤーを設置する必要がある。公演ごとにバトンへの吊り込み状況が変わる舞台上部でどうすれば墜落防止ワイヤーの位置が確保できるかが課題となるが、工夫の余地は充分にあるのではないだろうか。

 

◎高所作業(2) 高所作業台

 舞台上部に吊り込まれた照明機器の調整のために用いられるのが、ライトタワーと呼ばれる高所作業台である。転倒事故防止のためのアウトリガーと呼ばれる補助の足のついた製品が開発されている。メーカーの仕様では高所作業台に人が乗ったまま移動させることは禁止されているが、1回1回上り下りしながら作業するのは効率的ではなく、守られていないのが現状でメーカーの仕様と利用実態に隔たりがある実例である。

 

◎綱元作業

 いろいろな吊り物昇降用の「引き綱」がまとめられているところが綱元である。吊り物の重さとバランスをとるウェイト(おもり)を未経験者などが操作している時に落下などの事故を起こすケースが多い。主操作を熟練者が担当し、バトン監視に補助者2名、中継者1名、計4名で操作するなど体制の見直しが効果的である。ちなみにコンピュータ制御の場合も各バトンに安全装置が付いていないため監視者は不可欠である。

 

◎特殊効果

 最近の舞台イベントには特殊効果がよく使われるが、どのような科学的作用で効果が起きるのかなど、その内容がわからないものが多い。ものによっては火災の危険性や舞台床の損傷などが考えられるので、事前に持ち込み業者や消防などの関係機関との打ち合わせが欠かせない。場合によっては、舞台上に防炎シートや設備保護シートが必要となる。
 また、かつては舞台上での使用が禁止されていたレーザー光線は、特殊効果の中でも特に危険性の高いものだが、ホール管理者でそうした認識を持っている人は大変に少ない。ある程度の出力以上のレーザーは目と皮膚に障害を発生させるため、客席に向かっての使用が禁止されているが、「レーザー製品の放射安全基準」を遵守すればホールでの使用が認められている。
 使用に際しては、大量の冷却水を必要とするものなどがあるので、事前に安全性を十分に確認してから許可する必要がある。使用許可条件としては、1)実施計画書の提出、2)レーザー安全管理者の確認、3)操作員の知識・経験の確認、4)レーザー機器のクラスおよび表示の確認、5)非常時におけるレーザー機器の停止の権限の確認、6)レーザー機器の出力制限、などが挙げられる。

 

◎機器の故障

 機器の故障は、時としてその催事にとって致命的な結果を招く。調光器・音響機器・舞台機構などが本番中に故障すると催事は停止または中止せざるを得ないし、防災機器などが故障した場合は、致命的な事故に繋がってしまう。
 そこで【表】のような点検表を用いて日常的に機器の点検を行うとともに、故障した場合のシミュレーションを行い、対策を立てておくことが必要となる。例えば、緞帳が上がらないなど考えたこともないかもしれないが、モーターに接続している回路が断線して幕が上がらなくなるケースがある。幕が上がらなければどんな催事も開演できない。万が一の場合に備え、日頃から、使用後は緞帳を上げたままにしておくか、予備の回路さえ設けてあれば中止は避けられる。
 このように、機器の故障に対しては、予備の回路やCPUを予め機器に組み込んでおくことや、予備の機材を持っている業者の把握、深夜でも繋がる緊急連絡先リストなどを日頃から準備しておくことが必要である。

 

【表】 舞台始業点検表

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●舞台技術者等への対応

 このほかの安全対策としては、危険作業中のサインの表示や危険行為を行う場合の声かけ、利用者(主催者)や委託業者との事前打ち合わせなどの徹底が挙げられる。また、関連団体などが実施している「安全衛生管理講習会」への参加などを通じて、従事者の安全管理技術と意識を向上していくことも必要となる。
 特にホールの場合、利用者側の「乗り込み技術者」(ホール専属の技術者以外の技術者)が機器を操作することがあり、安全管理上、問題になることが多い。事故に繋がりやすいホールの特性を打ち合わせで伝えるといったことに、ホールの技術職員が留意すべきである。

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