一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.16 ホールの防災と安全管理(2) ホールの防災-防災の仕組みと防災訓練の重要性-

 講師 稲田智治(九州大谷文化センター)

 

●防災の考え方

  ホールの防災の基本的な考え方は、消防法などの規定の柔軟な運用と、実際の「事故事例」から多くを学ぶことである。

 消防法施行令や火災予防条例では、「指定場所」(※1)での裸火の使用などを禁止した細かな取り決めが規定されているが、創造作業のためにはこうした「禁止行為」を行うことも必要になってくる。ホールがこういう禁止行為を行う場所であるとの認識をもって防災対策を行うことが重要となる。

 そのためにも、どのような事故がどのような状況のもとで起こり、どのような損害が出たのかを検証し、予防策を講じるという「事故事例」に学ぶことが有効になってくる。しかし現実には、事故は自らの体験とは遠い所の出来事で、その詳細が伝えられることはほとんどない。予防策にも限界があるため、不測の事態に対応できる訓練のあり方が重要になってくるだろう。
 一方、直接的に人命や財産に関わることでありながら、自由な表現を求める創造者側とホール管理者側で考え方の対立するところがあるため、なかなかコンセンサスがとれないというのも事実である。
 1999年には消防法施行令の改正により、非常灯のサイズや消灯について基準が緩和されるなど、舞台芸術の創造者に配慮した「管理の規制緩和」が行われる方向にあるが、今後とも双方が話し合いながら、安全にかつ観客に舞台芸術の素晴らしさを伝えることができる「知恵と工夫」をつくりだしていく必要があるのではないだろうか。
※1 指定場所・禁止行為
消防法施行令別表第一の区分では、ホールなど多数のものが出入りする場所を特定防火対象物「指定場所」とし、火災予防条例準則23条では火災を起こす恐れがある行為(喫煙・裸火の使用・危険物の持ち込みなど)を禁止し、その行為を「禁止行為」としている。消防長(消防署長)は、前述の行為を下記の条件を満たした場合「禁止行為を解除」することができる。いわゆる「解除申請」といわれるものである。
1. 可燃物からの距離が、震災対策などの火災予防および人命安全上充分であること。
2. 行おうとする行為に代替の方法がなく、社会的にも妥当性があること。
3. 行おうとする行為の規模など火災予防上安全であり、必要最小限であること。

 

●代表的な防災機器と防災処理

 防火を中心とした防災については、「消防法」においてさまざまな規定が設けられている。例えば、「消防の設備等」を定めた第4章の17条においては、「消防法施行令」第2章で定めた「消火設備」「警報設備」「避難設備」という消防用設備等の設置とその維持が義務づけられている。

 

第17条
 学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店、旅館、飲食店、地下街、複合用途防火対象物その他の防火対象物で政令で定めるものの関係者は、政令で定める技術上の基準に従って、政令で定める消防の用に供する設備、消防用水及び消火活動上必要な設備(以下「消防用設備等」という。)を設置し、及び維持しなければならない。

 

◎警報設備と消火設備

 代表的な防火機器として挙げられるのが、火災の発生を感知する「警報設備」と感知した火災を防ぐ「消火設備」である。警報設備には「煙感知器」と「熱感知器」の2種類がある。煙感知器は周囲の煙が一定の濃度を超えると作動し、熱感知器は周囲の温度が一定の高さを超えると作動する。
 消火設備として最も一般的なのが「スプリンクラー」と「消火栓」である。スプリンクラーには「開放型」と「閉鎖型」の2種類がある。開放型は、水の開放弁を手動または感知器と連動したかたちで開けることによって散水消火するもので舞台上部に設置されることが多い。それに対し閉鎖型は、常時ヘッドまで水が充満している方式で、ヘッドの感知部の可溶片が熱で溶けると放水が始まる。また、舞台上部には開放型スプリンクラーとともに「ドレンチャー」(客席と舞台の間に水幕をつくり延焼を防止するタイプの消火栓)が併設されることが多い。

◎防炎処理

 消防法8条の3では、防炎性能をもった防災対象物品(どん帳、カーテン、展示用合板など)の使用が義務づけられている。この規定は建築基準法に準じたもので、建築時には遵守されているものの、大道具の合板類や幕など、外部から持ち込まれるものや古くなって防炎性能が低下している場合については見過ごされることが多いため注意が必要である。

 

●防火責任者と自衛消防組織

 消防法第2章「火災の予防」の第8条では、防火責任者の選任や消防計画の作成などが義務づけられているが、この消防計画実行のために組織されるのが「自衛消防隊」である。
 消防法でいうところの防火対象物(学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店など)は昼間の就業や利用が圧倒的に多く、その就業者によって組織される自衛消防隊の有効性も高い。しかしホールの場合は、土・日・祝日、夜間に稼働することが多いにもかかわらず(某施設では土・日・祝日合わせて全体稼働の40%、夜間65%)、ホール職員(消防隊員)の少ない時間帯における消防体制が検討されていない例が圧倒的に多い。現実に勤務している職員で対応できる防災システムの構築が急務であるとともに、ホールを借りている主催者にも防災に関する注意事項を充分に説明し、協力して取り組むことが求められる。

 

●防火シミュレーション(防災訓練)

 一般的な防災訓練は、最も良い条件(職場の全員が参加し、出火時間や火元、指令系が事前に決められている)で行われている。しかし、現実の多くの災害は事前に通知されることなく発生する。その突発的に発生する災害に対して効果のある訓練として、「時間を設定しない」「火元を特定しない」「平素行っている勤務体制で行う」「各自の役割を特定しない」訓練を行ってみると、以下のように意外な盲点がみえてくる。
(1) 火元がどこか確認ができなかった。
(2) 火元に行く動線がわからなかった。
(3) 途中が施錠されていて火元にたどり着けなかった。
(4) 消火方法がわからなかった。
(5) 消火器が近くになかった。
(6) 火災現場からの第一報の連絡システムがなかった。
(7) 避難誘導路がわからなかった。
(8) 他の施設(火災に関係する施設)に連絡がなかった。
(9) 非常放送が聞こえなかった。
(10) 消防関係に連絡する者が誰もいなかった。
 いずれも、災害防止のための必須事項が守られていなかったことが露呈した結果である。例えば(1) は、感知器の受信盤の表記が日頃から見慣れていない名称で記入されていて、場所が特定できなかったことが原因だったというように、防災上の致命的なミスであることが多い。
 こうしたシミュレーションの結果、防災上の主要な検討項目が浮かび上がってくる。
(1) 火元の確認が誰でも迅速にできる方法を検討すること。
(2) 火元への動線が確保できること。動線確保のために、非常時用マスターキーなどを常時準備し、すぐ使用できるようにしておく。
(3) 消火ポンプが作動した場合、消火後迅速に停止できるよう、消火ポンプ室などの位置を確認し、停止方法の訓練をしておくこと。
(4) 火災現場と指令者(監視室・事務室など)との連絡システムを確立しておくこと。特に、火元が遠方の場合を想定し、連絡可能な方法を検討しておく。
(5) 同一施設内の連絡システムを確立しておくこと(複数のホールをもつ場合など、指令者とホール間での迅速な連絡が必要である)。
(6) 避難誘導の方法の訓練。火元から最も近く確実に避難できる場所や、避難誘導路に障害となる物が置かれていないかなどの対策を日頃から検討しておくこと。また、誘導方法なども検討し、高い場所から、大きな声で指導するなどの効果的な方法を考えておく。
 特に、(5) の同一施設内の連絡の確立は、確実に行われないと災害を拡大することにも繋がりかねない。そのためには、平素から貸館の状況などが掲示され、担当者が常駐する場所の確認や連絡システムを確立しておく必要がある。
 また、動線確保のための「鍵」のありかを周知しておくことは大変に重要であり、日頃から保管と掲示を怠ることなく、非常時に鍵が行方不明になるという事態にならないよう十分な注意が必要である。
 こうした準備がなければ効果的な防災訓練とならないばかりでなく、非常時に混乱が拡大して二次被害が発生する危険があることにも留意しておくべきである。

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