一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.16 ホールの防災と安全管理(1) ホールの防災と安全管理の現状

 講師 稲田智治(九州大谷文化センター)

 

 近年、舞台事故は増加の一途をたどっている。多くの場合は、操作者の不注意や熟練度の不足等が原因であるが、ホール管理者の認識不足やインフラとしての環境が未整備であることも見過ごせない。本稿では、ホールの防災と安全管理をテーマにホールの管理運営上、留意すべき事柄を4回にわたって解説する。

 

工事現場並みに危険なホール作業

 

●災害・事故の現状

 近年、舞台機構の複雑化とホールの増加、およびそれに携わる舞台技術者の技術熟練度の低下などの複合的な要素が絡まり、舞台での事故が増加の傾向を示している。ある統計によれば、東京だけでも平成9年~13年の間に60件の死亡事故を含む事故が報告されており、昨年度は新聞の記事になったもので5人が死亡している。
 また、平成12年度に社団法人全国公立文化施設協会の技術委員会が行った調査によると、「水損事故(水に起因する事故)」だけでも、回答館1,097施設の内、41の施設(3.7%)においてスプリンクラー等の水廻りで機器の誤作動があったことが確認されている。その内、11の施設が休館を余儀なくされ、20日以上休館した施設が3施設、損害額も10億円を筆頭に多額なものとなっている。
 事故の情報だけになかなか表沙汰にならず、統計的に把握しにくいのが現状だが、水面下で発生している事故はかなりの数に上ると思われる。火災などと同じように、発生後はホール運営に致命的な結果をもたらす事柄でありながら、演出創造空間という不定形な場所が舞台であるだけに原因の究明などもなかなか進まず、自分とは関わりのない事柄との印象が強い。

 実際、私たちがホールに客として足を運ぶ場合も、非常口や避難誘導灯、足下灯などの安全対策に注意を払うことは少ない。振り返ってみると、ホールは楽しみを提供する場とのイメージが強いこともあり、ホテルなどと異なり、積極的に防災や安全管理のアナウンス、パンフレットの配布などをしている例にほとんど出会わない。
 それは、借り手としての主催者がその場の責任者として存在しており、ホールとしての管理者が不在であることも一因となっているように思う。しかし、ホール側が演出創造空間という場を主催者に提供し、その対価として使用料を取っている限り、責任を免れることはできないわけで、ホール側の責任者としての自覚が求められる。

 

●具体的な事故事例とタイプ別分類

 実際に発生している事故を見ると、高所作業に伴う「墜落・転落・転倒」、機器の操作ミスや破損による事故(特に「水損」)、「火災」、「観客事故」の大きく4つに分けられる。

 

◎墜落・転落・転倒

近年、特に多くの事例が報告されているのが、墜落や落下による事故であろう。この事故の傾向としては、比較的経験が少ない技術者や女性の技術者が多く含まれていることである。例えば、若い女性の事故としては、2001年にトラスの照明器具の調整に向かっていた照明係が、ワイヤーの梯子約15mから落下して死亡したケースが記憶に新しい。垂直梯子部や舞台上部のライトブリッジでの作業は「垂直命綱」や「水平命綱」などがあれば防げたのだが、いろいろなところで危機管理の研修会を行っても「垂直・水平命綱」の存在すら、多くの受講者が知らなかった。
 垂直に上り下りする時の恐怖は、命綱があればなくなり、上り下りする時に手に持つ物がなければ危険も少なくなる。物を入れて背負える袋を備えておくだけでも事故防止に繋がるが、こうした予防に関する認識が低く、高所作業における命綱などの各種予防機器が整備されていないのが現状である。
 その他、高所作業用の作業台(ライトタワーなどと呼ばれている)が転倒する事故も発生している。こうした例では、作業台にベテランの技術者が乗り、それを移動している者が未経験者や臨時雇用者であるケースが多い。移動のタイミングが合わなかったり、アウトリガーと呼ばれる補助的な車輪や足の出し忘れといったちょっとした不注意が人身事故に繋がるのがホールの怖いところである。

◎水損

 どこのホールでも火災予防のために備えられている防災機器(感知器・スプリンクラー・ドレンチャー)が原因で、思わぬ被害が多数発生している。例えば、「煙感知器の下で数人の照明係が喫煙をして煙感知器が発報し演奏会が中断した」「舞台上部の開放型スプリンクラーが深夜突然作動し、舞台設備などが冠水、水没した」「パイプオルガンに開放型スプリンクラーの誤操作で水がかかり3億円の被害がでた」「保守点検中の点検業者の開放型スプリンクラーの誤操作でホール全体が冠水し1億円数千万円の損害が発生した」など。こうした水損事故の特徴は、予期しない時に、誰も操作していないのに突然散水が起こり、舞台が冠水・水没する点で、多くの場合は復旧に多額の費用を要する。

◎火災

 照明機器が火元となり、防炎幕に関する過信や人的過失が相まって火災が発生するケースが多い。「一文字幕とサスペンションに吊り込まれていたスポットライトの間隔が近すぎて、ライトの熱で幕が発火した」「ステージスポットライトやロアホリゾントライトに袖幕・大黒幕が接触して火災となった」などの事例がある。

◎観客事故

 大量動員イベントの将棋倒し事故等を除くと、観客が事故に巻き込まれるケースは、保守点検回数が少ない、また稼働率が低いといった施設の場合が多い。「舞台上部に吊ってあったボーダーライトが落下し、下で稽古中の女子生徒が負傷した」「巻き取りスクリーンに子どもが挟まれたまま上昇し子どもが死亡した」など、設備の点検不足や不慣れな操作および操作時の監視不足が原因となっている。

 

●タイプ別事故分類

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●安全管理と法律(*1)

 集客施設としてのホールには、消防法や興行場法において、非常口、通路幅、危険物の持ち込み禁止・使用制限など、観客の安全に関わる事柄が細かく規定されている。それに対し、ホールで働く従業者に関しては、高所作業など工事現場並みの危険な作業が多いにもかかわらず、法の整備が遅れているのが現状である。安全靴やヘルメットといった保安用具や高所作業などを行うに当たっての設備(命綱など)の義務化を含め、今後、検討していく必要があるのではないだろうか。施設管理者だけでなく、業者に委託されることの多い技術者においても安全に関する意識は必ずしも高いとは言えず、自らの安全確保といった視点でパフォーミングアーツを行う「場」の運営を見直していくことが望まれる。
 しかし、それは、安全管理のために何もできなくするということではなく、どうすれば安全を確保しながらその創造作品が上演できるかを考えるということだ。演出創造現場の長年の要望に応えて、誘導灯の消灯やレーザの使用などの規制が一定の条件下で緩和されるなど、創造の可能性を広げる方向で平成8年には消防法の改定も行われている。
 労働災害を防止して働く人の生命を守り、健康を確保することは、施設を管理運営し、企業の経営を行う人たちに当然の社会的、公共的な責任であるということは言うまでもない。安全管理には、多くの知恵(工夫)と費用と努力が必要だが、この知恵と費用と努力によって観客だけでなく、ホールで働く人や舞台芸術を創る人の安全を守って初めて、感動をメッセージとして渡すことができる。こうしたホール現場の労働災害の防止に関する主な法律としては、「労働安全衛生法」と「同法施行令」があり、「安全衛生責任者の選任」から「安全衛生教育の実施」「製作作業に使用する設備等の設置及び点検」等が明記されている。

 

(*1)ホールに関連のある法律には、建築基準法、消防法、労働基準法、労働安全衛生法、作業環境測定法、建築業法、火薬類取締法、電気事業法、電気用品取締法、電気工事士法、などがある。
「労働安全衛生法」では、労働災害防止のために、事業者、注文者、元方事業者、特定元方事業者等の責務について、以下のような規定を設けるとともに、違反についての罰則を定めている。
1.事業者の講ずべき危害防止措置の不履行
2.労働者救護に関する措置の不履行
3.注文者の講ずべき措置の不履行
4.機械等貸与者等の講ずべき措置の不履行
5.建築物貸与者の講ずべき措置の不履行
6.作業責任者の不選任
7.特別教育の不履行
8.就業制限の違反
9.統括安全衛生責任者の選任義務違反
10.安全衛生責任者の選任義務違反
11.請負人の講ずべき措置の不履行
13.定期自主検査及び特定自主検査義務違反
14.雇い入れ時等の教育の不履行
15.労働者の危害防止措置の不遵守など
 また、これらの不履行による災害の発生時には、刑法や民法による責任が発生することも忘れてはならない。(刑法第211条・民法第415条・709条・715条・第717条など)

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