講師 小林真理(静岡文化芸術大学文化政策学部 講師)
文化政策に関する法律知識の最終回は、地方公共団体がそのニーズに沿って個別施設ごとに規定している公共ホールの設置条例について詳しく見てみます。
●行政が建設する「公の施設」とは
行政は公平・平等を原則として活動しています。その根拠は、あまねく国民から税金を徴収して運営しているからであり、偏りがあってはならないとされているからです。行政が法律という国民の合意を根拠として行われるのもそのような理由からです。
したがって、行政の建設した施設等についても特別な概念が適用されています。それが「公の施設」という概念です。地方自治法第10章では「公の施設」(注1)を以下のように規定しています。
注1 公の施設には、研究所などは含まれない。また、「施設」には、道路・河川および下水道事業や市営地下鉄などの地方公営企業が含まれ、企業的経営が必要とされるものについては、地方公営企業法に規定がある。
第244条(公の施設)
(1) 普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。
(2) 普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。
(3) 普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的扱いをしてはならない。
公の施設は「住民の福祉を増進することを目的」とし、広く住民の生活に不可欠なサービスを提供する施設であり、公立の学校や病院、博物館や図書館、そして公共ホールも「公の施設」とされています。
公共ホールの使い勝手の悪さを、この「公の施設」の公平・平等な利用規程に起因すると考える向きもあるのですが、最大の問題は、住民の福祉を増進する「目的」をどのように規定するかが詰められていないことにあります。その個別施設の目的や詳細を定めるのが、次に述べる設置条例です。
●公立文化施設設置条例とは
地方公共団体がこうした「公の施設」を設置する場合、地方自治法の第244条の2(1)では、「普通地方公共団体は、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものは除くほか、公の施設の設置及びその管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならない」としています。
博物館や図書館は公の施設ですが、教育基本法、社会教育法、博物館法、図書館法という一連の法体系の中で「法律又はこれに基づく政令に特別の定め」があります。
しかし、ここでいう公共ホールについてはそのような法体系は存在しません(公共ホールが公民館施設として設置される場合は、社会教育法に依拠することになります。ただし、劇場やコンサートホール機能を有した、鑑賞事業、あるいは創造事業の一環として興行的事業を行う可能性のある施設を社会教育法の枠組みで捉えるのは本来の目的と異なることになりかねません)。
したがって、公共ホールに関しては、国法においてその利用方法等を規定したものがないため、具体的な目的や内容については地方公共団体が個別施設ごとに自ら条例で定めることになります。
つまり、地方公共団体が「住民の福祉を増進する」ために、どのような目的でどのような事業を行い、どのような方法で公共ホールを運営するかについて、自由に設定することができるということです。市民の使い勝手のいいものにしたいのであれば市民の声を反映させて、また専門機能を活かした芸術特化型の劇場施設にしたいのであれば専門家の意見を十分に反映させた条例を制定すればいいのです。
新しく建設された公共ホールの使い勝手が悪いとすると、公の施設だからではなく、設置条例での検討が不足していたからと言えます。例えば公平・平等の原則から特定の団体に複数日連続して独占使用させることを禁じているところがありますが、その公共ホールが質の高い鑑賞事業をホールの目的として位置づけており、その業務遂行に必要と認められれば、練習を含めて特定団体が複数日連続使用しても何ら問題はありません。
反対に市民に平等に貸出をすることを最優先の目的にしてもいいし、また、優れた芸術家や専門家を芸術監督に招いて、地域における芸術創造活動に力を入れても、あるいは芸術普及のための教育プログラムを積極的に展開してもいいわけです。目的を遂行するために専門職員を雇用してもいいし、市民の自主管理で運営することもできます。閉館時間を21時にして市民を追い出す必要もなければ、24時間開けておくこともできるのです。
つまりは、設置主体である地方公共団体が、その目的や事業内容を明確にして、選択することが大切なのです。そのためには施設計画の段階から将来の運営を見据えた条例制定のプロセスを組み込んでおくことが重要になってきます。
●設置条例の具体例
90年代後半には独自の運営をする公共ホールが増えてきたのを受けて、設置条例にも変化が見られるようになってきました。いくつかの代表的な設置条例を比較したのが【表1】です。
表1 公立文化施設設置条例比較表
条例名(制定年) | 設置目的 | 事業 | 管理受託・施設使用料 |
すみだトリフォニーホール条例(1996年) | 音楽をはじめとする様々な芸術鑑賞機会と自主的な芸術文化活動の場の提供新たな芸術文化の創造に資する事業の展開することにより、文化性豊かなまちづくりに寄与する(第1条) | ○音楽等の芸術文化の振興に関すること ○区民及びオーケストラの芸術文化活動の促進に関すること ○芸術文化に関する情報の収集及び提供に関すること ○トリフォニーホールの施設の利用に関すること ○区長が必要と認める事業 (第2条) |
財団法人墨田区文化振興財団(第14条) 利用料金は財団の収入とする(第15条2項) |
世田谷区立世田谷文化生活情報センター条例(1996年、99年改正) | 区民が優れた演劇、音楽等の文化及び芸術を享受することができる機会並びに区民が自ら文化活動及び芸術活動を実践することができる場を提供するとともに、区民の地域交流活動、国際交流活動等を促進することにより、豊かな地域社会の形成に資するため、(略)、設置する(第1条) | ○演劇、音楽等の公演その他の催物を行うこと ○地域交流活動、国際交流活動等に係る講座及び催物を行うこと ○地域交流活動、国際交流活動等に係る情報の収集及び提供に関すること ○センターの施設及び設備の利用に関すること ○前各号に掲げるもののほか、センターの目的を達成するために必要な事業(第2条) |
財団法人世田谷区コミュニティ振興交流財団に委託(第18条) |
金沢市民芸術村条例(1996年) | 文化の創造を担う若人たちが集い、新たな市民芸術の創造活動を行い、演劇、音楽等の練習および成果発表をする場として利用に供し、もって市民の芸術文化の振興に寄与する | ○芸術村の使用時間は、午前0時から午後12時までとする。 (第5条) |
市民参加による自主運営・財団法人金沢市公共ホール運営財団 |
静岡県舞台芸術公園の設置及び管理に関する条例(1997年) | 世界に通用する舞台芸術を創造するとともに、舞台芸術の発展に必要な人材の育成を図り、もって静岡県の舞台芸術の振興と県民文化の向上に寄与する(第2条) (県民の利用)(第3条) 舞台芸術に関し創造された成果等を鑑賞し、又は人材の育成のための講座等を受講することができる |
○舞台芸術の創造及び公演 ○舞台芸術に関する人材の育成 ○舞台芸術に関する活動の支援 ○その他舞台芸術振興のために必要な事業(第5条) |
施設及び付帯設備を当分の間、財団法人静岡県舞台芸術センターに使用させる |
静岡県コンベンションアーツセンターの設置、管理及び使用料に関する条例(1998年) | 学術、文化及び芸術の振興並びに国内外との交流を図る(第2条) | ○舞台芸術の創造及び公演 ○舞台芸術に関する人材の育成 ○舞台芸術に関する活動の支援 ○その他舞台芸術振興のために必要な事業(第10条) |
静岡芸術劇場及び付帯設備を当分の間、財団法人静岡県舞台芸術センターに使用させる |
富良野演劇工場設置及び管理に関する条例(2000年) | 芸術文化の向上、市民の創造的文化活動の用に供する | 特定非営利活動法人「ふらの演劇工房」 当該施設の利用料金を管理受託者の収入として収受させる(第9条3項) |
例えば、「静岡県舞台芸術公園の設置及び管理に関する条例」「静岡県コンベンションアーツセンターの設置、管理及び使用料に関する条例」では、「舞台芸術の創造」を設置目的と事業内容で規定しています。また、こうした事業を鈴木忠志氏が芸術総監督を務める「財団法人静岡県舞台芸術センター」に当分の間、委託することを附則で規定しています。
また、1994年の地方自治法の改正(注2)により「公の施設」の使用料を、設置者に納めるのではなく、利用料金として管理受託者の収入とすることができるようになったのを受けて、「すみだトリフォニーホール条例」では利用料金を財団収入とすることが規定されています。すみだトリフォニーホールでは、墨田区の「音楽都市構想」に基づき、新日本フィルハーモニー交響楽団とのフランチャイズ契約を結んでいますが、設置条例の事業内容としても「区民及びオーケストラの芸術文化活動の促進に関すること」と規定されています。
注2 地方自治法第244条の2(4)「普通地方公共団体は、適当と認めるときは、管理受託者(前項の規定に基づき公の施設の管理の委託を受けたものをいう。以下本条において同じ。)に当該公の施設の利用に係わる料金(次項において「利用料金」という。)を当該管理受託者の収入として収受させることができる。」
近年では公共ホールの運営を特定非営利活動法人に委託する例が出てきましたが、その先駆けである北海道富良野市の富良野演劇工場では、条例で「ふらの演劇工房」を管理受託団体と定め、施設使用料を受託者の収入とすることを規定しています。
このように公の施設と言われるものでも、「施設の目的に応じた十分合理的な利用資格の制約は有りうる」のです。ただし、一般集会施設としての目的を設定している場合について、「会館の管理上支障がある」として住民の利用を不許可にすることに関しては、最高裁の判例が厳しく解釈していることも忘れてはなりません(注3)。
注3 JR労働組合の役員が殺害されその合同葬を市福祉会館で行おうとしたケース。反対者の妨害が懸念されるとして市長が使用不許可とした事例で、「警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある」と「具体的に明らかに予測される場合」には当たらないとして、市の国家賠償責任が認められている(最判平8.3.15判時1563-102)。
「住民の福祉を増進させる」公共ホールの目的をどう捉えるかについては、それぞれの地方公共団体が考えなければならない、自治体文化政策の重要な課題です。そして、それが反映される設置条例を自治体文化政策の中でどのように位置づけるか。文化振興が自治体の責務となった今、まさに見直しが迫られていると言えるかもしれません。