初の修了証書授与、ネットワークづくりを目指した佐世保セッション
今回の会場は、今年市制100周年を迎えた佐世保市の大規模複合文化施設アルカスSASEBOです。2000人収容の大ホール、クラシック専用の中ホール、イベントホールと生涯学習施設を集約した市の新しいシンボルで、昨年3月に開館したばかり。期間は2月5日からの4日間で、ホールマネージャー、ホール入門、演劇、音楽の4コースが開講され、北海道から鹿児島県まで、計60名の受講生が研修漬けの日々を過ごしました。
今回のラボから、受講者1000名突破を記念して「修了証書」が授与されることになり、記念すべき修了証書第1号がホールマネージャーコースの斎藤隆志さん(札幌市教育文化会館)にコーディネーターから手渡されました。「この修了証書を会員証だと思ってラボでできたネットワークを活用してほしい」(地域創造・牧野清文常務理事)とのことで、連絡網やラボコーディネーターおよび講師の名簿(今年度中に発行予定)と合わせて、皆さまのお役に立てていただければと思います。
今回は、いつもより体力勝負のワークショップが少なかったとはいえ、中ホールを使った音楽コースの発表会などもあり、ホール職員の方々にはいろいろとお手数をおかけしました。ご協力をいただきました皆さま、本当にどうもありがとうございました。
●ホールの危機管理に思いも新た
ホールマネージャーコースのコーディネーターは、24時間365日稼働・市民の自主管理であまりにも有名になった金沢市民芸術村村長の細川紀彦氏。今回は、歌をうたったり、コミュニケーション・ゲームで汗を流したりと、マネージャー諸氏に「冷や汗」をかかせていた(!)ワークショップはお休みで、危機管理から広報宣伝、企画づくりまで久々に座学づけの毎日となりました。
“危機管理の基本はシミュレーション”という稲田智治氏の講義では、火災が発生した場合、機器が機能停止した場合などの事例を元にトラブルへの対処法が紹介されました。「緞帳が上がらなかったら、落ちたら、映写機が止まったら、などということは想像したこともないと思います。でも、実際にこうしたトラブルはある。強制的に上げる方法はあるのか、上がらなかったら誰に連絡すればいいのか。メーカーに電話したら“本日の業務は終了しました”では何にもなりません。僕はメーカーに対して非常呼集のシミュレーションをやったことがありますが、それくらいの対応をしておくべきだと思います」と稲田氏。
「スプリンクラーの止水バルブのどれがどのエリアを受け持っているか知っていますか?止め方がわかっていれば水浸しにならなくてすんだホールはたくさんあるのに、結構知らないんですよね」との質問に、一瞬、キツネにつままれたような顔の受講生たち。「事故は他人事だし起こる確率も低いと思っているから、危機管理に無関心になれるんです」という稲田氏の言葉に、日頃の業務を振り返った受講者も多かったのではないでしょうか。
このほか、金沢市民芸術村の事例報告も興味深いものでした。「芸術村の一番の自慢は、24時間365日稼働していることではなく、実はこの5年間で盗難や建物の破損(落書き)がひとつもないということ。自由と責任を果たしてくれる市民がこの5年で100万人を超えました。これが可能になったのは、ひとえに利用する人を信頼してきたからです。音楽工房の片づけをしていた若者にどうして約束を守ってくれるのか尋ねたら、“ここは僕らの場所だ”と答えてくれました。帰属している意識が強ければ強いほど、人間はめったなことはしないんですね」と細川氏。最後に「使い勝手のいいものをつくるのが税金を出した市民に対するサービス」と言い切った村長の言葉には、本物の自信がみなぎっていました。
●ホール入門コースの目玉は文化サロン
コーディネーターの個性が光るカリキュラムで人気のホール入門コース。今回は、演劇評論家でNPOの代表でもある衛紀生氏の人脈をフルに活かした多彩な講師陣が並びました。特に、2日目と3日目にゲストを囲んで交流会形式で開かれた番外ゼミは、「ラボ版文化サロン」とでも呼びたくなるような贅沢な時間となりました。まず、2日目が「市民参加」をテーマにしたサロンで、小学校での演劇ワークショップや市民参加劇に力を入れている音更町文化センター館長の五十嵐隆男氏、金沢市民芸術村の初代演劇工房ディレクター青海康男、金沢に倣って繊維工場を改装した練習施設「AMIGO」をオープンしたばかりの埼玉県入間市市民部の守屋俊久氏、市民参加によるホール運営を行っている知立市文化会館館長の伊豫田静弘氏がゲストで並ぶと、まるでシンポジウムでも始まりそうな雰囲気に。小さなテーブルに分かれてのざっくばらんな交流で、「建物ができる時に市民は誰でも好きなときに自由に使えるという甘い夢を見るけど、現実はそうではない。ここを誤解のないように伝えなければ‥‥」といった本音談義があちこちで沸き上がっていました。
3日目のゲストは、ラボだからこそ実現できたとも言える顔合わせで、「記事にしてもらうには」をテーマに朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の第一線記者、および演劇情報誌「シアターガイド」代表が地域の公共ホール職員と直接対話しました。中には、自分の地域の劇団の売り込みを始めたり、広報のやり方について身の上相談する受講生もいるなど、日頃は東京でアポをとるのも難しい記者との垣根を越えた交流が実現。これも地域や利害を越えたラボの場だからこそできたことと、改めてこうした場の必要性を感じました。
このほか、「表現することと表出することとは別のこと。赤ん坊が表出しているように、表出しない人は誰ひとりいない。僕の考えているダンスは表出に近い」という岩下徹氏による身体を開放するワークショップやミュージシャンの野村誠氏による音を楽しむワークショップが行われるなど、“多感な”カリキュラムとなりました。
●プロのマリンバ奏者から新劇界の長老まで
作曲家で公共ホールの芸術監督でもある坪能克裕氏がコーディネーターを務めた音楽コースは、初日からヒートアップ。「ホール企画でうまくいっている例・いま私が困っていること・皆さんに検討してほしい企画書」の報告会で話し合いが過熱、最終日のアドバイザーを交えた総括までその熱気が続きました。途中、プロのマリンバ奏者である吉岡孝悦氏とともに打楽器の即興演奏に挑み、また、効果音のある寸劇づくりを行うなど創作体験も交えながら、受講生同士で最後まで問題意識を交流していました。
ピッコロシアターの大楽亮氏がコーディネーターを務めた演劇コースは、新劇から小劇場までをカバーした幅の広いカリキュラムとなりました。ピッコロ劇団俳優の石本興司氏による俳優訓練が計9時間にわたって行われた前半に対し、中盤は文学座の長老、北村和夫氏による回顧談と演出家の藤原新平氏による台本の読み方指導で“新劇ワールド”を、後半は南河内万歳一座の代表、内藤裕敬氏のトークで“小劇場ワールド”を満喫。演劇の懐の深さに思いを致す5日間になったのではないでしょうか。
●受講生コメント
◎中島泰二郎(音楽コース・ハマユリックスホール・長崎県南串山町)
市民ミュージカルに力を入れているので、参加型事業について学びたかったのと、アーティスト情報を得られるネットワークをつくりたくてラボに参加しました。ラボで全国の事例を聞いて、自分のところと似てるところがあったり、若い担当者も多くて、県内の情報だけではわからないことがたくさん見えて、もの凄く励まされました。ワークショップのイメージも随分変わりました。例えば、近藤直子さんのボイストレーニングでは、「腹式呼吸をして。息をはいて」みたいなことを予想していたのですが、「身体をほぐすと言っても、まず、自分の身体がどういう状態であるかを知らないとダメ」って言われて。近藤さんから学んだことを、ぜひ子どもたちの指導にも取り入れていきたいと思います。
◎高本直人(ホール入門コース・新高松市民会館整備課・香川県)
平成16年の春に開館を予定していますので、事業の参考になればと思い参加しました。僕自身は開館準備に関わって約2年になります。その前は芸術文化には全く縁がなくて、楽器の名前もわからない体育会系で用地買収とかやってました。でも僕みたいなのが楽しく思えることをやれば、興味のない人にも興味をもってもらえるんじゃないかと思って、今は少しずつ知識を蓄えているところです。ラボで一番印象に残ったのが、舞台の上でいい演目をやることが重要なのではなく、常に市民に来てもらうための仕掛けをつくることが大切だということ。見に来る人だけを対象にするのではなく、それ以外の人をどうやって巻き込むかを、これから考えていきたいと思います。
●内藤裕敬(南河内万歳一座代表)コメント
演劇の創造現場に行政が関わる場合、行政のシステムにも問題はあるが、演劇人の方も創作姿勢を問われているというのが今の状況。現代の演劇は、「作家の時代」からテキストを解体する「演出家の時代」、反新劇を掲げた「劇団の時代」を経て、90年代のプロデュース演劇の時代、つまり「俳優の時代」へと移ってきた。しかし、僕は、もう一度、「劇団の時代」が来ないとダメなんじゃないかと思っている。演出家というのは現場からしか育たないので、新しいグループが出てこないと、新しい演劇が頭打ちになる可能性がある。これからは「地域」と「劇団」がお互いに協力して演劇をつくれるような環境ができない限り、新しい演劇の可能性を秘めた「劇団の時代」は来ない。この環境がつくれるかどうかは、演劇にとってとても重要なことだが、それが地域にとってどういう意味をもつかは、地域が選択すべき問題だと思う。
●ステージラボ佐世保セッション・スケジュール
ホールマネージャーコース | ホール入門コース | 演劇コース | 音楽コース | |
2 月 5 日 (火) |
全体オリエンテーション・地域創造紹介 | |||
アルカスSASEBO施設見学、事業紹介 | ||||
「自己紹介とホール施設のプレゼンテーション」 細川紀彦 |
「ワークショップ体験:シアターゲームで自己紹介 夢を話そう!」 絹川友梨 |
「公共ホール自主企画立案の展望」 大楽亮 「ゲーム遊びによる俳優訓練(1)」 石本興司 |
「音楽ゲームでコミュニケーション~このセッションでのキーワード説明~」 坪能克裕 |
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交流会 | ||||
前線報告会「今、私が問題としていること」全員討議と自己紹介 | ||||
2 月 6 日 (水) |
「これからの公共ホールの役割」 伊藤裕夫 |
「公共ホール入門講座 I」 中川幾郎、武居丈二 |
「ゲーム遊びによる俳優訓練(2)」 石本興司 |
「呼吸はコミュニケーション」 近藤直子 |
「ホールの危機管理」 稲田智治 |
「公共ホール入門講座 II」 衛紀生、中川幾郎、武居丈二、津村卓 |
「ゲーム遊びによる俳優訓練(3)」 石本興司 |
「総合表現への基礎知識~作る・表現する~」 三浦克也 |
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共通プログラム「公共ホール担当者の理論武装~舞台芸術と著作権~」 福井健策 | ||||
「市民参加による文化施設の運営~金沢市民芸術村の実践~」 細川紀彦 |
「地域劇場、外国ではどんな存在なの?」 西川信廣、衛紀生 |
「テレビ、映画、商業演劇、新劇、地域公演よもやま話」 北村和夫 |
「ホール職員必携の演出技術~虎の巻~」 三浦克也 |
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番外ゼミ「市民参加型は楽しい、それとも?」 五十嵐隆男、守屋俊久、伊豫田静弘、青海康男(司会:衛紀生) |
番外ゼミ「かけがえのない人・舞台」 北村和夫、木下央子 |
番外ゼミ「ひとつのヒントでゼロからつくる」 三浦克也、坪能克裕 |
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2 月 7 日 (木) |
「利用者から見たホールの運営」 西川信廣 |
ワークショップ体験 II 「自分の身体を知る」 岩下徹 |
「地域で舞台を楽しむために必要なこと」 木下央子、大楽亮 |
「プロの音楽家をつくる」 吉岡孝悦 |
「ホールの広報活動」 大場吉美 |
「これからのホール職員必須アイテム:ボランティア・マネジメント」 柴田英杞 | 「二本の戯曲を読んで作品による表現の違いを考えよう(1)」 藤原新平 | 「市民と舞台を動かす」 三浦克也 |
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ワークショップ「広報の実際」 大場吉美 |
コミュニティ・プログラム・ワークショップ I ~「みんなの広場」の企画と予算を考えよう~ 衛紀生 |
「二本の戯曲を読んで作品による表現の違いを考えよう(2)」 藤原新平 |
「つくる、練習する、そしてミニコンサート」 三浦克也、吉岡孝悦、近藤直子 |
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番外ゼミ「広報の現場から/記事になる手法、ボツになる言い方。」 伊藤芳樹、山本健一、高橋豊、中村桂子(司会:衛紀生) |
「文化行政適性検査」 内藤裕敬 |
「市民主体企画の在り方」 片岡輝 |
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番外ゼミ「格闘技としての演劇~プロレスとの華麗なる関係 内藤さんを囲んで~」 | 番外ゼミ | |||
2 月 8 日 (金) |
「施設の活性化戦略」 吉枝聡 |
ワークショップ体験 III 「音を楽しむ、文字どおり」 野村誠 |
「演劇創造の現場と行政的アプローチとの落差を埋めるために」 内藤裕敬 |
「ホールと音楽事業者の新たな信頼関係」 重本昌信 |
討論と発表 「ホール・施設の問題点と解決策」 吉枝聡、細川紀彦 |
コミュニティ・プログラム・ワークショップ II ~「みんなの広場」の企画・予算を評価してみよう~ 衛紀生 |
「演劇的欲求を地域に生み出すために。今、自分が地域でできること」 大楽亮 |
「総括・生き抜く智恵」 片岡輝、坪能克裕 |
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閉講式・全体会 |
●ステージラボ佐世保セッション コーディネーター
◎ホールマネージャーコース
細川紀彦(金沢市民芸術村村長)
◎ホール入門コース
衛紀生(演劇評論家、NPO法人舞台芸術環境フォーラム地域演劇マネジメントセンター理事長)
◎演劇コース
大楽亮(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)
◎音楽コース
坪能克裕(作曲家、サンシティ越谷市民ホール芸術監督)