淡路島の津名町の中心部から車で山道を20分ほど。美しい棚田が広がる長沢地区で、1997年から「長沢アートパーク アーティスト・イン・レジデンス」が展開されている。
本事業の特徴は、海外でも関心の高い日本の伝統文化である水彩多色摺り木版画の技術研修に焦点を絞っていること。日本でも数少ない彫り師や摺り師の指導、紙すき研修が受けられるとあって評判が高まり、5回目となる今年は世界中から100件を越す問い合わせがあった。そのため、これまで4～6名2カ月間滞在だったが、今回は11カ国11人のアーティストが前後期の2クラスに分かれ、6週間ずつの滞在に変更された。
スタジオは、地域の集会所である長沢会館。後期クラスの制作最終日に訪ねると、畳の上に正座して最後の制作に取り組むアーティストたちがいた。レジデンスの感想をたずねると、全員が「プログラムには満足している」とのこと。サンディ・サイクス（イギリス）は、「すべての技術を納得するまで習得するまでには至らなかったが、帰国しても研究を続けていきたい」と水彩木版画に対する意欲を語る。長沢地区内の空き家を活用した家に宿泊していたトンチャイ・ユカンタポンポーン（タイ）は、「日本に来るのは5回目だが、長沢の風景、特に紅葉の美しさは格別。また、宿泊先の近くに住むおばあさんから何度も大根などをいただいた」とうれしそうに話してくれた。他のアーティストも、長沢の風景や人々の営みから多大な刺激を得たようで、霧に包まれた里山や農作業に出かける老人などを題材にした作品が生まれた。それらの作品は、2～5エディションが寄贈され、地元や神戸、東京などでの展覧会開催、学校や公共施設への貸し出しなどで人々の目を楽しませている。
地元住民たちにとって、異国のアーティストの滞在はどのように受け止められているのだろうか。現在約110戸320人が住む長沢は、過疎化・老齢化が著しい。この事業もまちおこしと国際交流をかねて企画された。立ち上げから地域住民との架け橋となってきた津名町教育委員会の柿原一郎さんは、「最初は反対も多かったのですが、有志の方が『なにもしないうちから拒否せずに、まずやってみよう』と説得してくれたのです」と語る。
プログラムの中には、オープンスタジオやスライドトーク、アーティストの自主参加による小学校での給食体験、餅つき大会など地域住民との交流も盛り込まれている。アーティスト側も制作の息抜きになったり、日本文化に触れられる機会になったと地域交流を歓迎している。また、長沢の小学校の用務員である藤田さんは、一昨年ご主人とタイに行き、レジデンスに参加したアーティストを訪ねた。むろん、それほど関心のない住人もいるが、道ばたで会えば挨拶を交わし、いつもと変わらぬ里山の生活の中で“アーティストがいる日常”を受け容れているようだ。
一方、課題も多い。日本芸術文化振興会の助成は、今年で5年間の期限が切れる。継続を要望しているが、結果は見えない。町が負担している約500万円の予算も審議中だ。プログラムディレクターの門田けい子さんは、「自費参加のアーティスト枠を増やすなど、ランニングコストを軽くしてなんとか続けたい」と言う。海外からの期待も大きい。来年度はすでに130件を越える問い合わせがあり、今年から「アイランド・トゥ・アイランドプロジェクト」として、タスマニアのアーティストが長沢へ、長沢の研修経験者がタスマニアで水彩木版の技術実演をする交換プログラムも始まった。「海外の文化事業とパートナーシップを築くことが、継続の力のひとつになっていくと思います」と門田さん。
日本の伝統文化と異国の感性との出会い、地に足のついた国際交流など、さまざまな可能性を持つ事業だからこそ、継続を望みたいと思う。
（美術ライター・山下里加）
●長沢アートパーク アーティスト・イン・レジデンス2001
［実施期間］9月8日～10月27日（クラス1）、10月20日～12月1日（クラス2）
［主催］津名町、長沢アートパークパイロット事業実行委員会
［プロデュース・ディレクション］門田けい子
［参加作家］アナンダ・モイ・バネルジ（インド）、シガボルグ・ステファンズドゥティール（アイスランド）、マイケル・シリッツ（オーストラリア）、マリア・ルチア・カターニ（ブラジル）、ミッヒル・ヴォン・ニューロンド（オランダ）、宮寺雷太（日本）、イェンズ・ボー（デンマーク）、カレン・カンク（アメリカ）、サンディー・サイクス（イギリス）、トンチャイ・ユカンタポンポーン（タイ）、メリー・レザード（カナダ）
地域創造レター 今月のレポート
2002.1月号--No.81