英語の契約用語になじむところから始めよう
今回は、契約編の最後ということで、海外からの個人・団体の招聘や、日本のカンパニーの海外公演を巡る契約について、お話します。
国際交流事業では、契約を結ぶ場合、それは先方が作った契約で先方の言葉(多くは英語)で書かれていることがまだまだ多いかと思います。平和的にメールやファックスをやり取りしていて、基本的な条件が大体固まったなと思う頃、急に長文の契約書が送られて来ることがあります(あまつさえ、先方の署名はすでに済んでいたりする)。担当者としてはちょっとあせる瞬間です(注1)。あわてて辞書を片手に読んでみても、何割かの条文は意味が完全には判らない。判らないけれども、せっかく送ってくれた先方に悪いし、署名しない訳にはいかないのかな、内容を変えてくれなんて言っては失礼かな、とあれこれ思い悩み、内輪で色々話し合った挙げ句に、ともかく署名捺印して送り返して、後は何事も起きないことを祈る、などという例も仄聞(そくぶん)します。
注1 更に心臓に負担がかかるのは、「これこれの事情で、できれば一週間以内に最初の送金を願いたい」等と書いてある時でしょう。「一週間!これまであんなにのんびりやってたくせに」と、先方の人間性を疑いたくなる瞬間でもあります。
こうした事態を避けるためには、第一に、契約書に書いてあることの意味がわかり、かつ、こちらの要望を伝えられる程度に、「契約用語」の知識を身に付けたいものです(注2)。第二に、大事な条件はできるだけ事前に話し合っておくことが肝要です。第三に、こちらの意に添わない契約書が送られて来た時には、きちんと交渉することです。上の例では、そもそも草案(draft)ではなく、いきなり署名済みの契約書を送って来る方が悪いので、修正案を直接書き込んで(mark-up)送り返せばいいのです(注3)。
注2 そもそも、なぜ先方の言語で契約しなければいけないのか、という抜本的な疑問もあるのですが。言うまでもなく、交渉ごとは自国の言語を使った側が圧倒的と言っていいほど有利です。
注3 もっとも、筆者が会った中には、「契約書は不利でも構わずサインする。そして、双方が逃げられない状態になってから、おもむろに条件交渉を開始する」という豪の方もいらっしゃいましたが、ちょっと一般的にはお勧めできません。
●ツアー契約、出演契約
さて、海外との契約といっても、問題になる契約のタイプは国内のそれと違いはありません。まず、第3回でお話したような公演の買い契約(こちらが海外公演をするならば売り契約)があります。tour agreementなどのタイトルで呼ばれるものです(注4)。これと似たものが、第4回で説明した、個人アーティストと結ぶ出演契約で、固い言葉で言えば公演や出演といった業務を委託する「委託契約」です。そこでは、カンパニーやアーティスト側の義務の対象は一定のperformanceということになるでしょう。そこで、まずその業務の内容を取り決めることになります。誰が(団体なら何人の、どういう構成のカンパニーが)、どういうスケジュールで、どのホール(venue)で、どういった演目に出演(公演)するのか、をはっきりと合意しなければなりません。
注4 ここでは単純化して、ツアー=公演委託、としました。しかし正確に言えば、現地のホールや芸術団体との「共同事業」的なケースもあれば、カンパニーが海外で「手打ち」公演をおこなうために現地のホールを借りたり、チケット販売や宣伝に「協力」して貰うに過ぎないようなケースも、「ツアー契約」のうちだと言えます。
そのほか、この種の契約一般の注意点としては、第3回、第4回でお話した点がほぼそのまま当てはまります。特に海外契約で気を付ける点では、まずビザ(visa)と通関(custom clearance)の要素が挙げられます(注5)。また、音楽著作権の権利処理については、外国曲の場合、グランドライツや映像録音権など、日本のJASRACが管理していない場合もあり得ますので、特に気をつけましょう。出発地と公演地との間の移動についても、海外渡航を伴う場合、陸路・空路やそのルートによって全く費用が変わってきますので、国内契約以上に注意が必要です。
注5 日本が招聘する場合で言えば、ビザの前提である「在留資格認定」申請の問題があります。いつまでに、どの書類が必要なのか、はっきり先方に承知させておかなければなりません。
支払については、まずは支払金額が税込み(gross deal)であるのか、税抜き(net deal)であるのかを確認すべきです。特に、源泉徴収税(withholding tax)は、国際契約でも最も複雑な部分で、アメリカ等特定の外国のカンパニーに公演や出演の対価を支払う場合には、租税条約の規定によって、日本での課税を免除されることがあります(いわゆる免税芸能法人)。こういった免税の規定がない場合、20%の源泉徴収が必要ですので、ばかにはできません。ところが、日本の国内法には更に特則があって、免税芸能法人への支払でも、いったんは源泉徴収を行なわなければならず、後日、一定の条件がそろえば全額還付されることになっています(注6)。他方、こうした免税芸能法人が、更に出演者やスタッフに対して本国で報酬や給与を支払う場合にも(普通は支払う訳ですが)、日本法による20%の源泉徴収が必要な場合があるのです(注7)。以上と逆に、日本からカンパニーが渡航する場合にも、源泉税の問題は事前に確認しましょう。
注6 その際の源泉税率は、所定の手続をおこなえば15%となります。その後、支払側の所轄税務署長に還付請求をおこなうことになります(租税条約実施特例法3条1項2項)。
注7 租税特別措置法42条1項。これは、その出演者やスタッフの雇用条件などで変わって来ます。
保険も重要な分野です。日本のホールは施設賠償責任保険に加入している場合が多いのですが、海外のカンパニーとの契約では、一般賠償責任保険(general liability insurance)に加入を求められる例があります。こちらが提供できる保険をはっきり説明しましょう(注8)。
注8 事故の際に保険会社が責任を負う限度額(limit per occurrence, limit per person)も要チェックです。
●ライセンス契約
他方、第4回で説明したような海外戯曲の上演契約は、ライセンス契約(license agreement)の一種です。そこでは、一方(licensee)による著作物などの利用を、他方(licensor)が「許可」することに主眼が置かれています。振付家やデザイナーとの契約は、業務の契約であると同時に、その振付やデザインの利用についてのライセンス契約といえます。 licensorには、作家やデザイナーなどの著作者自体がなることもありますが、国際的なエージェントやオリジナル公演のプロデューサーなど、著作者でない者が契約当事者になるケースもポピュラーです。この場合、先方が契約を結ぶための権限を持っていることを確認したり、契約上で表明し保証して貰うこともあります。こうした表明・保証事項(representation & warranty)には、このほか、その戯曲、振付やデザインが、第三者の著作権その他の権利を侵害していないこと、などが含まれます。
さて、ライセンスの種類としては、第4回で説明した通り、一定の期間中、一定の地域では独占的に上演権を与える、独占的ライセンス(exclusive license)があります。exclusiveという明記がなければ、むしろ非独占的ライセンス(non-exclusive license)になる場合が多いでしょう。ライセンスの代償として、定額の料金(flat fee)を支払ったり、公演収入に応じた歩合(ロイヤルティ=royalty)を支払うのが普通です。ロイヤルティを支払う時には、これとセットで、最初に前払金(advance)や最低保証金(minimum guarantee=MG)を支払うパターンが多く、この場合には前払金やMGはその後のロイヤルティ支払に充当されて行きます。ただし、入りが少なかったり、主催者の都合で公演自体を中止したからと言って、前払金やMGは返還しないのが普通で、これを契約ではnon-refundable等と表現します。
上記のように、いきなりライセンスを与える形態をストレート・ライセンスといいますが、このほかオプション契約(option agreement)という形態もあります。これは、ライセンスを受ける権利を一定の期間(option period)予約する契約で、期間中に前払金を支払う等の条件を充たせば、独占的ライセンスが与えられる、というものです(注9)。オプションを得るためには、通常は前払金よりも控え目なオプション料(option fee)というものを支払えば良く、公演しないならこのオプション料を放棄するだけなので、主催者側には都合のよい条件とも言えます(注10)。
注9 ほぼ必然的に、独占的ライセンスとなります。
注10 オプション権を行使してもしなくても、オプション料は返ってきません。ただし、オプション権を行使した場合、オプション料は前払金に充当されるのがポピュラーです。
こうした上演権の対価についても、相手国との租税条約をチェックして、源泉徴収が必要か、及びその税率を調べて置きましょう。
●その他の規定
不可抗力によって契約上の義務を履行できない場合の規定が置かれることはポピュラーで、こうした規定をforce majeure等といいます。たいてい、不可抗力の際に契約違反とはみなさないといったことが記載されていて、それはそれでいいのですが、主催者が支払った報酬を返す必要があるのか、ないのか、肝心なことがあいまいな場合があります。
また、海外契約書には、相手国の法律をgoverning law(準拠法)とする、といった条文が記載されていることが少なくありません。これは、何か問題が起こって契約書を解釈する必要があったり、契約に記載されていない事柄が発生した場合に、相手国の法律に従って解釈したり解決する、という意味の約束です。どうでもいいこと、と思われるかもしれませんが、「どうでもいいこと」などわざわざ書いてくるはずはないので、ご注意ください(注11)。
注11 たとえば、日本の法律では、不可抗力で出演不能となった場合には、主催者は出演報酬を支払わなくていいのが原則です(民法536条2項)。しかし、相手国の法律ではそうではなく、主催者は出演報酬を払うことになっているかもしれません。先方から著作権の譲渡を受けることになっていて、安心していたら、相手国の法律ではそういう約束は無効かもしれないのです。
準拠法に勝るとも劣らないほど重要なのは、専属的な裁判管轄(exclusive jurisdiction)です。問題が起こった場合には、必ず先方の国で裁判を行なうというもので、これまた決して軽々に同意すべきではありません。