空家になった商店に残された雑貨類と自分の作品を組み合わせて、店全体を作品化した大竹伸朗。昔ながらの路地や家々に手染めののれんをかけた加納容子。牛舎から幼稚園、音楽教室、卓球場などに転用された小屋に、黄色く輝くマクドナルドのサインをインスタレーションしている中村政人……。
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これらは香川県直島で開かれている「スタンダード展」の一部だ。島内の民家や廃屋に作品を展示していく試みで、主催はベネッセコーポレーションの運営する直島コンテンポラリーアートミュージアム。この展覧会について述べる前に、まず直島とベネッセに触れておかなければならない。
瀬戸内海に浮かぶ直島は面積8平方キロ余り、人口3,700人ほどの小さな島である。江戸時代から集落ができ、大正期には島の北側に三菱マテリアルが銅の精錬所を設けて栄えた。一方、ベネッセコーポレーションは1987年から南側一帯を文化エリアとして開発し、1992年には安藤忠雄の設計で、現代美術専門のミュージアムを含む宿泊施設ベネッセハウスを完成させている。
大ざっぱに言えば、島の北側は岩肌も顕わな工業地域、南側は風光明媚なリゾート地、その間に居住区の本村地区や文京施設があるという構図だ。したがって、ベネッセハウスを訪れた人たちは島の生活を知ることなく、美しい自然とアートを満喫して帰ることになる。
ところがこの構図は、ベネッセが1997年から始めた「直島・家プロジェクト」で崩れ出す。「家プロジェクト」とは、本村地区に残る無人の古い民家を改修し、アーティストに家全体を作品化してもらおうという試み。すでに宮島達男の「角屋」とジェームズ・タレルの「南寺」が公開され、この9月には内藤礼の「きんざ」も完成した。この「家プロジェクト」の延長上に発想されたのが「スタンダード展」にほかならない。なぜなら、「家プロジェクト」を始めたおかげでベネッセと島民との繋がりが強化され、彼らの理解と協力によって民家や廃屋を借りることができるようになったからである。
それにしても、なぜすばらしいミュージアムがあるのにわざわざ作品を外に出さなければならないのか。同展を担当した学芸員の秋元雄史氏によれば、「ホワイトキューブの空間ではなく、人が住み生活のある場にアートを加えることで何が生まれるかを見たい」というのが狙いだそうだ。だが、「直島では毎年100 人ずつ人が減っていく。その歯止めとして立派な診療所をつくったり町役場を建てたりして、町に魅力をつくり出しているんです。今回の展覧会も町を魅力的なものにしていこうという裏の目的もある」とのこと。
では住民の反応はどうだろう。浜田町長はオープニングの席上、「町内の人より町外からたくさん人が来てくれる」と歓迎のあいさつ。本村地区にある自宅の離れを須田悦弘のインスタレーションのために貸した高橋昭典氏は、自らガイド役を買って出て「すばらしい」を連発していた。展示場所の提供者が歓迎するのは当然だが、近くを通りがかったおばあさんも「私はわかりませんわ」と言いつつ、「若い人がたくさん来てくれるのはうれしいね。こちらの人は革靴をはかないから、コツコツと足音が聞こえると、ああ外からの人だとわかるんです」と鋭い指摘。
最後にやはり、ベネッセコーポレーション社長の福武總一郎氏にご登場願おう。
「直島を世界のアートの発信地にしたい」と壮大な構想を語る福武氏は、単刀直入に「直島が安泰ならばベネッセも安泰」という。つまり直島とベネッセは持ちつ持たれつの運命共同体、互いに協力していかなければならないということなのだ。
(美術ジャーナリスト・村田真)
●「THE STANDARD(スタンダード)」展
[主催]直島コンテンポラリーアートミュージアム、株式会社ベネッセコーポレーション
[日程]9月4日~12月16日
[会場]香川県直島(民家、空家、路地、旧施設)
[出品作家]大竹伸朗、折元立身、 金村修、加納容子、木下晋、杉本博司、須田悦弘、鷹取雅一、中村政人、野口里佳、緑川洋一、村瀬恭子、宮島達男
●直島コンテンポラリーアートミュージアム
[開館]1992年
[所在地]〒761-3110 香川県香川郡直島町琴弾地
地域創造レター 今月のレポート
2001年10月号--No.78