作品の「委嘱内容」と上演条件などの
「許可内容」に分けて考えよう
前回は、いわゆるパッケージの買い公演を取り上げましたが、今回は、より積極的にホール自らが演劇の自主制作を行う場合(プロデュース公演)の契約について解説します。
(1)上演契約─オリジナル・ミュージカルを制作する場合
まず、オリジナル・ミュージカルを制作する場合を考えてみましょう。もっとも、気をつける点はドラマ(ストレート・プレイ)や舞踊作品でもあまり変わりはありません。この場合、多くは劇作家や作詞家・作曲家に戯曲や楽曲づくりを委嘱することがスタートとなるでしょう。この際につくられるのが、「委嘱・上演契約」などと呼ばれる契約です。委嘱・上演契約の内容は、(1)どのような条件で、どんな戯曲(楽曲)をいつまでに完成してもらうのか、という委嘱業務の部分と、(2)完成された戯曲(楽曲)を、どのような条件で上演その他二次利用することができるか、という許可(ライセンス)の部分に大きく分けて考えるとわかりやすいでしょう。もちろん、そのほかに他の契約にも共通するような一般条項といわれる部分もあります(注1)。
戯曲の場合、日本劇作家協会と社団法人日本劇団協議会が合意した統一モデル契約書が存在していますので、参考になるでしょう。仮にモデル契約書を使わないとしても、契約では同じような事柄がカバーされる必要があるからです。モデル契約書は全部で3種類ありますが、ここでは「執筆委嘱・上演用」が該当します。
まず執筆委嘱の部分ですが、モデル契約書では作品プロット、第1稿、完成原稿のそれぞれについて、提出期限を決める形になっています。これは、執筆が予定通りに行われているか、制作側が把握するためでもあり、いずれかの期限が守られない場合、制作側は猶予期間を与えて催促した後、契約を解除することもできます。
次に、完成された戯曲の扱いについてですが、戯曲の著作権は劇作家にあるため、制作側は勝手に内容を変更して上演することはできません(注2)。反面、制作側は当初3年間は日本語圏内での独占的な上演権を持ちます(注3)。モデル契約書では、「執筆委嘱料と上演料」として一定の金額を書き込む形になっていて、決められた上演回数までの上演料はこの金額でカバーされます(注4)。ただし、上演期間内にその回数を超えて上演すると再演となり、1ステージ当たり規定の上演料が必要となります。また、テレビ放映等の二次利用については別途協議して決めることになっており、制作側は独断でテレビ放映等を許可することはできません。
楽曲の委嘱の場合でも、契約の注意点は劇作家の場合と似ています。ただし、作詞家・作曲家がすでに社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)の会員ですと、つくられた曲は自動的にJASRAC管理下に入り、その許可がないと上演利用できなくなりますのでご注意ください。
注1 例えば、一方が契約に違反した場合に、他方が契約を解除したり、損害賠償を求めることができる、とする規定があります。また、前回(「ホール実務に関わる契約(1)」)で説明した裁判管轄の規定を入れることもあります。
注2 もっとも、特にストレート・プレイの場合等は演出家のいわゆるテキスト・レジーが頻繁に行われており、無断改変は許さないという規定との整合性が問題になることもあります。さらには、こうしたテキ・レジによって、当初の戯曲と上演台本がかなり違ってきた場合、その著作権がすべて劇作家に帰属すると言えるのか、という問題も出てきます。戯曲の著作権の帰属については、「著作権と契約編(1)」を参照。
注3 これは、制作側が、戯曲の著作権を持つ劇作家から、一定の期間中の上演については独占的に許可を受けており、他の何者にも上演許可は与えられない、という意味です。
注4 モデル契約書には記載されていませんが、日本劇作家協会の上演料基準としては、「総製作費の5%。ただし、どんな場合でも金100万円は下回らない」とされています。
(2)上演契約─既存の楽曲を使って市民オペラ等を制作する場合
オペラに限らず既存作品を利用する場合には、対象となる楽曲や戯曲の日本での著作権保護が切れていないかをまず確認しましょう(注5)。仮に権利が残存しているのであれば、著作権者から上演の許可を得る必要があります。この場合の契約が「上演契約」です。もっとも、使われるのが日本の楽曲であれば、上で説明したJASRACが日本での上演権を管理している可能性が高くなります。この場合はJASRACへの上演許可の申請と許可、という比較的簡単なルートでことは運び、幸か不幸か契約交渉という要素はあまり出てきません(注6)。他方、外国のオペラ曲やミュージカル曲を上演したい場合、日本での上演権(いわゆるグランドライツ)は、海外の音楽出版社が管理しており、JASRAC管理外である可能性が高くなります。この場合、権利の管理先を捜し当て、(日本にエージェントがいない場合には)外国の権利者との契約交渉、という些か面倒なルートを辿らなければならないかもしれません。
なお、既存の日本の戯曲を上演利用する場合、劇作家との上演契約を結ぶことになります。この場合、先ほど述べた統一モデル契約でいえば、「既存作品上演用(独占型)」か「既存作品上演用(非独占型)」のいずれかの書式が参考になるでしょう(注7)。問題となる点は、「執筆・委嘱型」と似ていますが、当然戯曲の執筆という要素はありません。
注5 著作権の保護期間については、「著作権と契約編(2)」を参照。
注6 権利処理の手間という点では、これは概ね幸福なことですが、条件交渉の余地がないことから「不幸」と感じる人もいるかもしれません。
注7 「非独占的上演権」というのは、制作側はその戯曲を条件に従って上演することはできますが、他方、第三者にも同時期に上演許可がおりるかもしれない、ということです。
(3)俳優・ダンサーの出演契約
作品や公演時期が決まると、俳優、ダンサーなどへの出演依頼が可能となりますが、ここで結ばれるのが「出演契約」です。出演契約では、公演日程ばかりでなく、稽古日程や稽古場所も規定しておくべきでしょう。特に、多忙な出演者の場合、稽古日程の確保は大きなテーマとなります。次に問題となるのは、出演者の「降板」についてです。遅刻・欠席や契約違反があった場合に契約を解約できる規定のほか、出演者に不良行為やスキャンダルがあった場合にも、解約できるようにしておく契約が一般的です(注8)。また、逆にホール側が公演中止を決めた場合の措置も記載しておくべきでしょう(注9)。
事務所や劇団に所属する俳優の場合、契約書に署名するのは誰かという問題もあります。契約書は、当事者として署名(記名捺印)した者しか拘束しないのが原則ですから、事務所が契約当事者ならば、理論上、出演者は契約に直接しばられてはいないことになります(注10)。ですから、事務所が契約当事者になる場合、そこが十分な管理能力や責任能力を持っているのか、慎重に検討すべきでしょう。このほか、出演者は実演家として、公演の録音・録画や放送を拒絶できる権利を持っていますから、公演の二次利用についても作家やデザイナーと同様に、規定しておくべきでしょう(注11)。
注8 出演者が犯罪行為を行って逮捕されるような場合が、その典型です。
注9 公演キャンセルについては、「ホール実務に関わる契約(1)」を参照。
注10 これと似て非なるものに、事務所がアーティストの代理人として、アーティストのために署名する場合があり、この場合にはアーティスト本人が契約当事者ということになります。
注11 実演家のいわゆる著作隣接権については、第2回参照。
(4)各種スタッフ契約
出演者だけでなく、振付家、演出家や装置、衣装デザイナー等とも契約を結ぶ必要が出てきます。これを広い意味で「スタッフ契約」などと言います。演出家や振付家との契約の場合、公演日程と共に稽古日程を規定すべきことは出演者と同様ですが、むしろ逆に、演出家や振付家サイドから、公演の質を維持するために最低これだけの稽古時間を保証して欲しい、と要求されることもあり得ます。
デザイナーとの契約の場合には、まず業務の範囲を特定することが必要になります(注12)。装置、衣装デザイナーに共通して、事前ミーティングへの出席、デザインの提出(および手直し)、装置や衣装の製作への立会いや助言、仕込みやリハーサルへの立会い、等が考えられる作業ですが、特に「デザインの提出」の意味が問題になることがあります。装置で言えば、デザイン画の提出のほか、デザイン図面の提出でいいのか、設計図面の提出まで求められるのか、模型の提出は必要か、といった問題で、やはり契約書に記載しておくべきことです。
このほか、再演に関する規定もあります。振付家は著作者ですので、振付家の承諾がなければ再演ができないことは当然です。他方、演出家は一般に著作者ではないため(注13)、契約に記載がない場合、法的には再演にノーと言ったり、追加の報酬を要求できないことになってしまいます。そこで、演出家の立場からすれば、契約上、再演の際の取扱いを決めておく必要性が高いことになります。これに対して、デザイナーはやはり著作者ですから、契約上の取り決めがない場合、勝手にデザインの再演利用はできないはずです(注14)。
なお、出演契約・スタッフ契約を通じて、制作者は労働基準法の規定をよく理解して、出演者やスタッフの雇用条件がこれに違反しないように、気を配るべきでしょう(注15)。
注12 なお、日本舞台美術家協会では、大変詳細な「舞台美術家のための契約問題ハンドブック」を発行しており、またサンプル契約書も公表しています。
注13 演出家や指揮者は、俳優やダンサーと同じ「実演家」です。
注14 もっとも、いずれの場合も、契約で再演の際の条件を決めておく実益はあります。
注15 出演者やスタッフが「労働者」だとすると、問題となる労働基準法等の規定には、(1)時間外・休日労働の禁止、(2)女性・年少者の特例、(3)契約条件の説明義務、(4)最低賃金と賃金の支払時期、(5)労災の適用、(6)労働安全衛生法の遵守、などがあります。
(5)その他の注意点
以上のほか、新聞社や放送局の事業部など、さまざまな団体が公演の共同主催者やスポンサーとなる場合、これらの団体との「共催契約」や「後援契約」を結ぶことがありますが、ここでは割愛します。
なお、コンサート事業や伝統芸能の自主事業であっても、問題となる契約の種類と内容の注意点は大同小異です(注16)。また、映像制作の場合にも、必要な契約の種類は似ています。ただし、映像の場合、制作の過程でキャスト・スタッフに要求される作業内容が異なること(注17)、完成した映像の利用方法が異なること(劇場公開、放送、ビデオ化等の多角的な利用が当然)、そのためにすべての利用権を製作者に集める(注18)のが普通であること、等が異なります。
注16 もっとも、伝統芸能の場合、そもそも契約を結ぶのか、また、座頭とだけ結ぶのかなど、実績に即して考えるべきでしょう。
注17 例えば、俳優であれば、撮影時の出演だけでなく、いわゆるポストプロダクション作業が必要です。
注18 上映や放送等、具体的な利用方法や条件を記載しておくと良いでしょう。