委託する業務の範囲を明確にして契約
これからの3回は、ホール実務に関わる契約の注意点をお話したいと思います。今回は、いわゆる買い公演に関わる契約ですが、その前に「契約」の一般的な作法というか、注意点をまとめてみましょう。
(1)まず、「契約」は、文書で交わすものには限られません。口頭の約束でも、立派に「契約」になる資格はあります。 しかし、契約「書」を交わすほうが、当事者の誤解、見落としや後々の言い分の違いなどを防げるメリットはあります。
(2)そこで、契約「書」を交わすか、どんな契約書を交わすかは、当事者の状況、役割、これまでの関係、業界の慣行、公演の形態などによって千差万別となります。
(3)また、文書のタイトルは、「契約書」「協定書」「覚書」「念書」などさまざまですが、大切なのは中身であって、普通はタイトルによって効力に差が出るということはありません。「どういう場合に、どちらの当事者が、何をしなければならないのか(あるいは何をできるのか)」が、誰が見ても明らかなように書かれていることが、一番大切なことです。無理をして、何が言いたいのかわからないような難解な契約用語を駆使するよりも、双方が確認したことを箇条書きでスッキリと書いたほうが、「契約」としてはよっぽど役に立つ場合が多いでしょう。
それでは今回のテーマである、「買い公演」に入ります。「買い公演」と言っても色々なバリエーションがあるでしょうが、ここでは、「ホールが『主催者』となって公演の収支を負担し、一定の対価を支払ってその公演の実施を劇団やオーケストラに依頼する形態」と定義させて頂きます。作品の内容面には劇団やオーケストラ(カンパニーと言います)が責任を負い、受け取った対価の中から団員や外部スタッフへの支払をする場合が多いでしょう。このようなかたちの契約を「公演委託契約」などと呼びます。ホールは、カンパニーへの支払金を含めて公演の費用を負担し、公演収支のリスクを負うため、「主催者」と呼ばれます。日本の公演事業の場合、「主催」「協賛」「後援」「制作」などの名目で各種の団体が入り乱れ、どこが本当の主催者なのかわかりにくいかたちが多いのですが、少なくとも担当者の頭の中ではそれぞれの役割や負担をすっきりと整理しておくことが契約のスタートになります。そこから、誰と誰が「公演委託契約」の当事者になるべきかもわかるようになります。
(1)委託する業務の範囲
公演事業と言っても、制作業務、契約や権利処理、当日の会場運営、舞台進行、営業・宣伝業務、物販業務など、さまざまな業務がありますので、どこまでの業務をカンパニーに委託するのか、よく詰めておきましょう。
特に、舞台公演は出演者や各種スタッフなど、さまざまな関係者が関わる総合芸術です。公演委託契約の場合、こうした出演者や参加スタッフの手配や支払はカンパニーの責任というのが一般的でしょう。ところが、意外と見落とされるのが、権利の処理です。前回までに申し上げたとおり、舞台公演を行うには、脚本、振付、音楽、舞台美術などさまざまな要素について、権利者から上演や演奏の許可を得なければなりません。この中には、社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)を通じた楽曲の演奏権処理も含まれます。こうした権利処理はどちらの責任で行うのか、その費用はどちらが負担するのかは、契約での確認事項と言えます(注1)。
注1 例えば、「ベジャール事件」判決(東京地裁平成10年11月20日判決)では、ダンサーが振付家の許可なく作品を踊ったケースで、主催者も著作権侵害の責任を負うと判断されました。
(2)報酬と費用、源泉徴収
支払金額、支払時期や支払方法をはっきり記載することは、当然大切です。そのほか、公演委託契約の場合には、主催者がカンパニーの費用も負担する場合が多いでしょうが、問題は各種の費用と報酬の関係です。ある種の費用が報酬金額に含まれているのか、報酬とは別個に支払われるのか、後になって当事者の意見が食い違う場合があるからです。特に、一部の費目が当初予期していた金額より拡大した場合や、当事者がある種の費用を当初見落としていた場合などは、大変ポピュラーな、かつ厄介な問題です。メンバーの移動や資材の輸送で言えば、移動手段や行程が後で変更される場合などがその例です。一方的な変更は困るというわけで、ホール側としては移動手段や行程を契約書に記載して、変更にはホールの承認を要するようにすることがあります。また、公演には特殊な照明機材や効果機材が必要で、ホールの機材では賄えない場合なども、負担の微妙な追加費用が発生するケースです。
支払を巡るもう一つの問題として、源泉徴収義務があります。劇団やオーケストラなど国内の芸能法人に対して、俳優やミュージシャンの出演を主とする業務の対価を支払う場合、10%の源泉徴収の対象となります(注2)。公演委託契約での支払などは、概ねこれに当たるでしょう。また、移動費や宿泊費などの費用名目で支払う場合にも、普通は「対価」とみなされ源泉徴収の対象となります。この点、「報酬」と「費用」を契約書の中ではっきり分けて書けば源泉徴収は要らないと考える経理担当者がいらっしゃるようですが、それは誤解です。ただし、このような費用が主催者から航空会社や宿泊施設に直接支払われ、しかもその金額が通常必要な範囲内であれば、源泉徴収は必要ありません。いずれにしても、契約書には、支払金が源泉税込か源泉税別かを記載すべきです。また、支払に消費税がかかる場合もあるため、注意が必要です。
注2 ただし、支払を受ける芸能法人が一定の条件を満たした結果、所轄税務署長から源泉徴収免除の証明書の交付を受けてこれを提示した場合には、源泉徴収は不要です。また、財団法人などの公益法人への支払では、通常、源泉徴収は不要です。
(3)保険条項
最近では、万が一の事故などに備えて、当事者が一定の保険に加入すること(付保)を義務づける契約書もよく見かけるようになりました(注3)。例えば、カンパニーが出演者・スタッフを対象に傷害保険に加入したり、ホールが施設やその利用に関連して第三者に損害を与えた場合に備える(施設)賠償責任保険に加入するなどがその例です。保険は、そのカバー範囲だけでなく、補償限度額にも注意を払いましょう。
注3 公演に関連して事故が起こった場合、主催者はその責任を問われる可能性が高くなります。例えば、「畠山みどりショー・セリ転落事故事件」判決(東京地裁昭和60年10月15日判決)では、歌謡ショーにゲスト出演中のタレントがセリから転落して負傷した事故について、興行主には、関係者の連絡調整など安全管理上の積極的な役割を果たさなかった点に責任があると判断されました。
(4)公演キャンセル
契約というものは普通、一度結んでしまえば一方的に解約したり条件を変更したりはできないものです。そこで、相手方に事情を話して、解約や条件の変更に同意して貰うことになります。解約ならば、これを「合意解約」と言います。主催者側の都合で公演の中止を決定した場合、このように合意解約ができれば問題はないでしょう。しかし、現実には条件で折り合えない場合などが出てくるため、契約であらかじめ、主催者がキャンセルできる場合やその際の条件を決めておくことがあります。例えば、「主催者は、初日の○カ月前までならば、契約金額の○%だけを支払って本契約を解約できる」といった趣旨の取り決めをする場合があるでしょう。
また、交通機関の事故や天災などの不可抗力で公演が中止になった場合の取り扱いを書いておくこともよく見うけられますが、現実には、その原因が不可抗力と言える場合かどうか、当事者の意見が食い違うことも少なくないでしょう。悪天候の場合などは、そもそも主催者にとって公演実施が不可能かどうかで、カンパニーと意見が対立する可能性もあります。
(5)公演の二次利用
実施された舞台公演を録音・録画したり放送する場合(いわゆる二次利用)、やはり多くの関係者の権利が絡みますので、普通はホールが独断で行うわけにはいきません。ただし、ホールとしては、記録保存用や今後のホール事業の宣伝広報用に目的を限定して、公演の録画や録画物の複製頒布を認めてもらいたい場合があるでしょう。こういった時には、契約書にその旨記載するべきです。カンパニー側は、各メンバーや外部スタッフから承認を取り付ける必要があるでしょうから、利用の仕方についてよくホール側とカンパニーとが話し合っておくと良いでしょう。
(6)裁判管轄
以上のほか、契約を巡ってもめごとが起きた場合に、当事者が訴えを起こせる裁判所をあらかじめ決めてしまう、裁判管轄(専属的合意管轄)の規定を置くこともポピュラーです。
※なお、今秋芸団協出版部より発行予定の、舞台芸術の法律ハンドブック(仮称、芸団協文化法研究会編)でも、舞台芸術をめぐる各種の契約の注意点や、公演を巡るさまざまな法的問題を解説しています。興味のある方はぜひご覧ください。