東京・墨田区の京島地区は人情豊かな下町で、昔ながらの商店街が今もにぎわいを見せている。その一方でこのあたりは、日本で有数の木造住宅密集地域としても知られる。老朽化した長屋が自動車も入れない狭い道に面 して建て込み、東京のなかで最も防災上危険な場所ともされる。そして近年、さらに問題となっているのは、若年人口の流出とともに進行する空き家の増加だ。四軒続きにもかかわらず住んでいるのは一軒だけ、そんな長屋があちらこちらにある有り様で、これ以上、生活環境を悪化させないためにも、その対処の仕方が求められている。 この空き家を使って、アーティスト・イン・レジデンスを行ったのが、今回のイベント、「アーティスト・イン・空家」である。 主催したのは慶應義塾大学大学院の政策・メディア研究科で教授を務める三宅理一氏を委員長とするグループ。三宅氏の研究室では以前からこの地域の建築や住民意識に関する調査を続けてきた。そこから、地域活性化への具体的な方策へと繋げる一歩にしようというのが今回のプロジェクトの目的だった。 招待した作家は、フィンランドとエストニアから、合わせて4人。いずれも30代から40代初めの若いアーティストである。彼らが空き家となっていた木造の長屋に住み込み、約1カ月間で作品を制作した。透き間風が吹き抜ける小さな家は決して快適とは言えなかっただろうが、銭湯に出かけて付近の住民と裸のコミュニケーションを図るなど、東京の下町での滞在をそれぞれに楽しんだ様子だ。 作品はいずれもこの地域に題材を探ったもの。11月11日、12日の京島文化祭において発表され、その後、12月17日まで公開展示された。 マリア・カネルヴォは空き長屋を使って作品を設置。壁に開けた穴を通して隣の住戸から光をあてることにより、住人が暮らしていた当時のまま残っている物品が、暗い部屋のなかに浮かび上がる。この家で営まれた生活を、見る人それぞれにイメージさせるインスタレーションとなった。
またピーア・リンドマンの作品はサウナの国、フィンランドの出身らしく、お風呂がテーマ。湯沸かし付きの風呂を屋台にしたもので、既に取り壊された銭湯の記憶を呼び覚ます装置ともなっている。スタッフはこれを町の中のいろいろな場所に曳いていき、移動する銭湯として、住民たちに入浴を楽しんでもらったが、恥ずかしがってなかなか入る人はいなかったとのこと。イベント終了後は地域に寄贈されることになっている。
アートを専門とするプロフェッショナルなプロデューサーがいたわけでもなく、あくまで手づくりのイベントだった。予算も大学の研究費の範囲内で極めて限られており制作期間も短かったが、条件の悪さは努力で乗り越えようと、スタッフたちは京島の町を走り回った。映像作家のミンナ・ヘイキンアホの撮影に同行した三宅研究室の研究生、孫銀卿さんは「町の人にインタビューの撮影を申し込むと快く応じてくれた。特に女性の方が協力的だったのが印象的」と感想をもらす。
今回のプロジェクトについて、京島まちづくり協議会会長の藤井正昭氏は、アートによるまちづくりの意義を認めながらも、「制作されるアートが地域で受け入れられにくいものになっている。京島をもっと理解してもらって、滞在後も残る作品を制作してほしい」と、今後の課題を指摘する。その一方で「若い人たちが一生懸命やってくれるのはうれしい」とも。ささやかながら実った住民と大学と外国人アーティストの交流が、このイベントの成果 と言えるだろう。 (建築ジャーナリスト 磯達雄)
●アーティスト・イン・空家
[参加作家]マリア・カネルヴォ、ミンナ・ヘイキンアホ、ピーア・リンドマン、ヴェルゴ・ヴェルニク
[制作期間]2000年10月13日~11月10日
[作品発表]2000年11月11日、12日
[展示期間]2000年11月13日~12月17日
[場所]東京都墨田区京島2・3丁目地区
[主催]「アーティスト・イン・空家」実行委員会
[後援]京島まちづくり協議会、フィンランドセンター、エストニア大使館、FRAME、Art Council of Finland、日本建築学会、日本都市計画学会
[協力]慶應義塾大学、次世代街区フォーラム、京島文化祭実行委員会
地域創造レター 今月のレポート
2001年1月号--No.69