講師 中山弘美(広報・宣伝コーディネーター)
●作品、プロダクション、媒体を的確に理解し企画を立てる。
企画を立てる前に
〈作品を広く深く理解する〉
企画を立てる際には、上演作品をよく理解しなければなりません。これは一つのプロダクション制作の根幹を形成する最も重要な作業であり、プロダクションに携わるすべてのスタッフに必要な作業と言って過言ではありません。作品に関する最低限の知識をすべてのスタッフに共有させるためには、制作、広報・宣伝担当者がその公演を理解し、内部に向かって「広報」していかなければなりません。そのためにすべきことを演劇公演を例にとって考えてみます。
上演する作品には現代劇作家によって書き下ろされた新作もあれば、シェイクスピアなどの有名な古典作品もあります。まず最初にしなければならないのは、上演する作品を読むことです。読み終えたら、同じ作家の別の作品を読んでみましょう。それによって上演作品の特徴や劇作家が目指す方向性などをはっきりと掴むことができ、その劇作家についてより具体的な知識を得ることができます。
次に、演出家に「演出プラン」を聞きましょう。同じ作品でも演出によって全く趣の異なる作品になり得るからです。演出家がこの作品で何を伝えたいのか、そのためにどのような演出をしたか(したいか)をインタビューしてみることをお勧めします。
また、演出家や出演者(キャスト)のキャリアについても、過去にどのような作品に出演しているか、どのような作品をつくってきたか、それがどう評価されているかなどを知らなければなりません。上演作品のVTRをみてもいいのですが、できれば実際に出演(演出)している公演に足を運んでみましょう。さまざまな手段で情報を集め、知識として集積させていくことで、作品のテーマやその今日的、地域的意義などを明確に語れるようになります。それがそのままチケットセールスのマーケティングに直結していきます。
〈プロダクションの構造を認識する〉
この段階でプロダクション内の行政を円滑に進めるための下準備として、プロダクションの構造を整理し理解しておかなければなりません。
プロダクションを運営するためには、まずキャスト間や作家、演出家、振付家などスタッフ間の関係性や、主催、共催、協賛、後援など公演クレジットに連なる団体同士の関係性を明確にしておく必要があります。具体的にいえば、名前の並び順、顔写真の扱い方や、クレジットの中での各団体名やロゴマークの扱い方などについて、相手側との相互合意を得ていく作業といえるでしょう。この作業は、宣伝・広報業務というよりは制作の業務といえますが、宣材作成や取材の仕込みなどの過程でも、この部分の詰めの甘さがトラブルを引き起こすこともあります。ちらしが完成した後に名前の並び順にクレームが出るような事態はもちろん避けなければなりません。また、主役級が2人いれば、それぞれにバランス良く取材が分散するように調整することが必要ですし、演出家が広く作品について語る場を設けることも考えなければなりません。このようにプロダクション行政に基づいた采配を心がけることは、広報・宣伝業務においても不可欠なものといえるでしょう。
〈媒体を理解する〉
企画を立てるにあたって自由に発想してみることは大切ですが、どの媒体を対象にどんな企画を立てるべきかを考える必要があります。各媒体には、ターゲットとしている性別や年齢、所得層があります。媒体をよく観察し、今回の動員ターゲットがどの媒体のそれと合致しているかを見極める必要がありますが、読者(視聴者)層と観客層が完全に合致している媒体などほんの少数にすぎません。しかし、完全には合致していなくても角度(切り口)を変えた企画でアプローチすることで、媒体の興味の範疇に入り込め、公演告知が実現できることもあります。実際には、著名な劇作家の生誕記念の年に作品が連続上演されたり、同じ作品が異なるプロダクションで上演されることで「競演」という体裁にでもならないと、企画ものとして大きく取り上げられることは難しくなっています。しかし、さまざまな切り口をマスコミに提供することで、他の公演情報や社会ネタをもっている編集者や記者が特集記事(番組)として発想し、大きくまとめ上げてくれる可能性もあります。一方的な依頼や企画提案だけではなく、普段からマスコミ各社とコミュニケーションのできる関係を築き上げる必要性は、こういうところにも現れてきます。
企画を立てる
〈セールスポイントをつくる〉
セールスポイントがない公演というのはあり得ません。セールスポイントはつくり出すものだからです。有名俳優が出演したり、誰でも知っている作品を上演する場合は最初からセールスポイントの上位は決まっていますが、そうではない公演があることは否めません。しかし今まで述べた作業、プロダクションを理解し、媒体の特性を見極め、社会的、地域的、芸術的な視点というように角度を変えて大小さまざまな企画を考えることで、必ず何かは見つかるものです。皆で考えても何も思いつかないとなれば、公演企画自体に疑問を投げかけなければなりませんが。
〈集客に結びつく仕掛けをつくる〉
どのホールの担当者も「どのような宣伝をすれば集客できるのか知りたい」というのが本音だと思います。しかし「これをやればどのホールも集客の苦労がなくなる」などという魔法の杖は存在しません。またお金をかければいいというものでもありません。新聞の全面広告を出したからといって翌日にチケットが完売する確率はそれほど高くありません。必要なことは、この公演のチケットを必ず購入するのはどんな人たちか、ほんの少し背中を押せば購入に動くのはどの層か、非常な労力をかけても購入するどうかわからないのはどんな層かを認識することです。そして彼らが購入行動に移るために必要な宣伝を考えてみるのです。必ず購入するであろう人を逃さないために先行予約のDMを送る、面白さが伝われば購入してくれるであろう人に向けてキャストのインタビューを新聞に載せる、簡単には購入してくれない人に向けて、直接作品について語る機会をつくるなど、方法はさまざま考えられます。そして何より基本となるのは、今までの経験と反省に基づいた券売方法と公演にかける熱意、そして行動力といえるでしょう。
〈実施時期を考える〉
プロモーションの時期によって実施が可能な企画と不可能な企画があります。例えば稽古が始まっていなくても、作家にストーリーを聞いたり、演出家に今回の演出プランやキャスティングについてインタビューすることは可能ですが、キャストに公演の具体的なことについて尋ねるのは不可能です。逆に、稽古の終盤やすでに他のホールで初日を迎えていたりすれば、キャストの意欲と臨場感に溢れたインタビューが実現できます。プロモーションの序盤、中盤、初日直前と段階ごとに可能で有効な企画を考えましょう。
予算を立てる
公演の予算規模によって宣伝費の額は異なりますが、基本は総製作費の10%程度と考えられます。しかしどの公演も一律というわけではありません。チケットが完売する見通しがついている場合は10%で賄えるかもしれませんが、なかなか券売が伸びないであろう場合、ちらしの増刷や広告出稿数の増加など、さまざまな手立てをしなければなりませんので、13%程度まで積み上げることもあります。ただし、公演回数や地域の特性、名義主催でメディア(新聞社、放送局)の協力が得られるかどうかなどによって宣伝費の占める割合は変わってきますので、それぞれの経験値から割り出して決めていくべきでしょう。また、宣伝費の最初の大型支出は宣材制作費と考えられますので、それを確定した後でより具体的で細かい予算を立てていく方法が現実的ともいえます。欄外に予算項目の一例を挙げますので、各ホールの実状に沿って項目を追加・削除してみるといいでしょう。
●宣伝予算項目の例
【宣材制作費】
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デサイン費(ちらし、ポスター、DMはがき等)/宣材ビジュ アル制作費(イラスト作成費、写真撮影費、ヘアメイク、ス タイリスト含む)/印刷費/宣伝写真ラボ費 |
【広告費】
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出稿費/版下制作費/名義主催料 |
【郵送費】
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プレスシート郵送費/招待状郵送費/DM郵送費 |
【宣伝業務代行費】
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ボスター貼付費/チラシ折込費(アルバイト代含む) |
【舞台稽古撮影費】 | 写真撮影費/撮影材料費/VTR収録費 |
【事前PR費】 | 製作発表費(会場費、ケータリング費、資料作成費等)/招 騁費(プロモーションのためのアーティスト事前招聘)/派 遣費(取材のためのマスコミ現地派遣) |
【パンフレット】 |
デザイン費/印刷費/写真撮影費/原稿委託費/編集費(外 部委託の場合) |
【その他】 | 会議費/掲載書籍講入費/掲載記事クリッビング費等 |