神奈川県綾瀬市文化会館の主催で障害者を招待したベネファクター方式によるコンサート「スプリング・ジャズ・ナイト」が3月12日に催された。聞き慣れない言葉だが、「ベネファクター方式」とは、個人や企業の支援者(ベネファクター)を募り、障害を持つ人とその介助者をペアでコンサートなどに招待するやり方のこと。綾瀬市文化会館では、北村英治さんとザ・ビッグバンド・オブ・ローグスのジャズコンサートでこの方式を採用し、1月から広報誌や新聞などで支援者の募集を開始。視覚障害者、車椅子使用者、知的障害者などさまざまな障害を持った人たち35組・計70名の招待を実現しコンサートを実施した。
この企画を持ち込んだのは、今回の共催者でもある「あやせアートプロダクション」代表の内村由生子さんである。内村さんの夫は弱視の障害があり、ベネファクター方式によるコンサートに招待された経験を持つ。「綾瀬市文化会館は駅から遠く、公共交通機関はバスしかないし、交通アクセスの問題でホールに行きたくても行けない障害者の方々がいるのではないかと思い、ホールにベネファクター方式を提案しました。介助者としては障害者の方が後で楽しかったねと話し合える身近な方に来ていただきました」。内村さんは、こうした介助者、障害者、一般の観客が集まるコンサートを企画するときに大切なことは、「特に障害を意識したプログラムを組むのではなく、誰もが楽しめるようなプログラムを選ぶことにある」といい、今回は「観客がリラックスして楽しめる」ということでジャズコンサートを選んだという。
内村さんと一緒に今回のコンサートを企画・実施したのが綾瀬市文化会館自主事業協会事務局長の池田正さんである。綾瀬市文化会館では年間10数本程度の自主事業を行っているが、その企画内容を決めているのが、今年度から第3セクターになった自主事業協会である。池田さんは、小学校長や社会教育関係の仕事を歴任し、退職後の昨年、事務局長に就任。「いろんな市民が来てくれて関わってくれる文化会館にしたい」と、就任早々の8月には、アジアユースオーケストラ公演でボランティアを組織、企業や個人から寄付金を募るなど意欲的な取り組みを行ってきた。今回のコンサートも“さまざまな人々に関わってもらうホール運営”の一環として、内村さんからの提案を理解し、積極的に取り組んだという。
「ベネファクター方式について他の公共ホールなどに問い合わせたのですが例がなく、手探りで準備しました。市内の障害者団体に直接趣旨を説明して回りましたが、聴覚障害者には今回は来場してもらうことができませんでした。最初は、支援者と障害者の席を隣同士にして交流してもらおうといったアイデアもありましたが、結局止めました。だって観客は音楽を楽しみにくるのであって支援者と交流するために来るわけではない。こういうことにも準備をしながら少しずつ気づいていきました。綾瀬市文化会館には6席の車椅子席がありますが、今回7名の来場者があってはじめて満席になりました。ちなみに1名の方にはボランティアのサポートを配置して一般席に座っていただきました」
来場者からは「本当に楽しそうに音楽に聞き入っていて、日頃とは違った娘の様子を見ることができた。いつか親から離れてコンサートに行く体験もさせたい」(知的障害者の母親)、「コンサートはとても楽しかったが、それだけに公共建築が障害者の立場でつくられていないことが気になった。施設や設備について自分たちも一緒に考えられるようになればいいと思う」(車椅子使用者)といった声が聞かれた。
さまざまな障害を持った人たちを観客席に迎えてはじめてその声が活かせる─そのきっかけづくりとして、今回のコンサートは充分に成功したのではないだろうか。池田さんの「その日一日だけの公演ではない、後に続くものにしていきたい」という力強い言葉が耳に残っている。私も綾瀬市民文化会館のこれからに、わくわくするような興味を感じている。
(バリアフリーシアター・ジャパン 高島琴美)
●神奈川県綾瀬市
神奈川県横浜市と厚木市の中間に位置し、人口は8万800人。東京都心へ40分の首都圏だが、緑豊かな自然環境が残っている。また、市内には米軍厚木基地がある。
●綾瀬市文化会館
1,300席の大ホール、330席の小ホールがある。図書館などとともに複合化され、市民文化センターとして芸術文化活動の拠点となっている。
[管理運営]綾瀬市文化会館自主事業協会事務局 Tel. 0467-77-1131 Fax. 0467-79-0141
●「スプリング・ジャズ・ナイト」公演
[主催]綾瀬市文化会館自主事業協会/あやせアートプロダクション
ジャズクラリネット奏者北村英治と、ザ・ビッグバンド・オブ・ローグス(東京キューバンボーイズジュニア)の共演で、リラックスした雰囲気の中でスタンダードナンバーを中心に楽しませた。
地域創造レター 今月のレポート
2000年5月号--No.61