地域創造では、昨年度、「公共ホールの計画づくりに関する調査研究」のテーマで調査研究事業を実施しました。皆様にはアンケート調査や現地調査などでご協力をいただき、ありがとうございました。今回は調査報告書の中から実践的な事例を紹介します。
●調査研究の目的と方法
近年、各地で公共ホールが整備され、地域の文化振興において大きな成果をあげるようになってきました。しかし、開館後、運営面での課題に直面するホールも少なくありません。
公共ホールの整備にあたっては、ホールの設置目的と理念を定めた基本骨子に基づき、ハードに関わる施設計画と、運営組織や自主事業方針の策定など、ソフトに関わる運営計画を行うことになります。その運営計画における検討や準備が十分でないことが、開館後の運営上の課題につながっているのではないか。本調査ではこうした問題意識に基づき、公共ホールのソフト面の計画づくりに焦点を当て、現状や課題を把握するとともに、あるべき姿や留意事項を整理しました。
調査では、過去5年以内にオープンした公共ホール・劇場から195施設を抽出してアンケート調査を実施し、127施設について回答を得ました。さらに、その中から5つの施設について、現地でホールの計画時および現在の担当者にインタビュー調査を行いました(※1)。
なお、報告書に作成にあたっては、調査方法や内容、分析などに関して専門的な立場からアドバイスを得るため2名のコーディネーター(※2)を置き、さらに各分野の専門家をゲストスピーカー(※3)に招いてディスカッションを行いました。
今回は現地調査でうかがった、札幌コンサートホールKitaraとしいの実シアターについて、その計画づくりの特徴をご紹介したいと思います。
●運営体制・組織づくりの実践例
公共ホールの計画づくりの特徴は、計画担当セクションと運営セクションが異なるケースが多いことです。計画担当セクションは、総務・企画セクションが最も多く(図1)、それに対し開館後の運営は財団が行政本体から委託を受けて行う例が多くなっています(図2)。このため、当初のホール設置の理念や目的が運営組織に引き継がれなかったり、運営上の専門的なノウハウが計画に生かされないといった問題が起りやすいのが現状です。その中で、Kitaraと、しいの実シアターはその課題にどのように取り組んだのでしょうか。
◎札幌コンサートホール(Kitara)~音楽事業の蓄積を生かした運営体制づくり
札幌コンサートホールKitaraは、音楽専用ホールとして97年7月に札幌市にオープンしました。
札幌市は札幌交響楽団の活動、昨年10回目を迎えたパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)の開催をはじめ、アマチュアのオーケストラ、合唱、吹奏楽などの活動を通して、クラシック音楽に対する市民の関心も高い地域です。そうしたバックグラウンドがあったことが、Kitaraの計画づくりに大きく影響しました。
特に、運営計画づくりにあたっては、PMFなどの実施を通じ市の内部に蓄積された音楽事業経験が生かされました。運営体制の検討に着手したのは、建設の発注と同じ開館2年前。外部の専門家の手を借りることなくすべて担当部局(文化部)で行われました。アンケート調査では、運営体制に関する課題や反省事項として、3割以上のホールが専門的な知識や経験の不足を挙げていましたが、札幌市の場合、音楽事業経験の積み重ねと、かつ、自分たちのホール運営は自分たちで考えようという強い意志により、外部の手を借りることなく運営体制の検討が行えたようです。
現在、Kitaraは札幌市芸術文化財団が管理運営にあたっています。財団は市内の5つの施設を管理運営していますが、施設ごとの事業部制をとっており(完全独立採算制)、Kitaraでは37名のスタッフが勤務しています。今後は、次代のソフトづくりを担う人材を確保し、育成することが課題だそうです。
◎しいの実シアター ~八雲村と劇団あしぶえが共同で計画
しいの実シアターは、松江市内から車で約20分ほどの島根県八雲村の山間にあります。若者が集まる文化の発信拠点を設けて地域を活性化したいと考えていた八雲村と、「100人劇場」設立を目指し松江市内で本拠地を探していたものの候補地が見つからなかった劇団あしぶえとの出会いから生まれた劇場です。しいの実シアターの計画づくりについては、設計から運営に至るまで、八雲村と劇団あしぶえが連携しながら作業が進められました。
劇場の仕様は、劇団あしぶえや舞台美術家から、また、音響、照明、舞台機構についてもそれぞれの別の専門家からアドバイスを受けながら設計が進められました。アンケート調査では、設計・建設段階の課題や反省事項として6割近くが専門的知識の不足を挙げていますが、しいの実シアターは、利用する側の専門家の意見が十分反映された貴重なケースとなりました。 現在、管理・運営は八雲村文化協会に委託されていますが、実質的には劇団あしぶえが、その加入団体として管理・運営を行っています。また、オープン後は劇団関係者が村に居住し、劇場の管理・運営を行うとともに、地域に根ざした活動を展開し、昨年11月には八雲国際演劇祭を開催するなど、文化の発信拠点として地域の活性化に大きな役割を果たしているようです。
これからも各地で新しい公共ホールの計画や建設が予定されています。ホールの目的や活動内容、環境条件が違えば、その数だけ望ましい計画づくりのあり方があって当然です。計画づくりに決まった正解はありませんが、この調査の成果が、新設ホールの計画づくりの参考になり、地域や市民にとって有意義なホールが誕生すれば幸いです。
●報告書の構成
[第1部]ホールの計画づくりの現状と課題
・計画のスケジュールと基本方針の検討
・計画の基本骨子づくり(図1)
・ホールの施設内容、設計、建設工事
・運営準備体制や現在の運営体制(図2)
・開館記念事業の進め方
[第2部]ホールの計画づくりのあり方と留意事項
・計画の基本骨子づくり
・運営計画・事業計画(ソフト)の進め方
・施設計画・建築計画(ハード)の進め方
・ホールの計画づくりの流れと基本スタンス
[参考資料]
・調査事例の概要
・アンケート票と回答ホールの属性
※1 現地調査対象施設
札幌コンサートホール(Kitara)
桐生市市民文化会館
黒部市国際文化センター(コラーレ)
しいの実シアター
大分県立総合文化センター
※2 コーディネーター
中崎隆司(建築ジャーナリスト)
草加叔也(劇場コンサルタント/空間創造研究所代表)
※3 ゲストスピーカー
荒起一夫(元(財)吹田市文化振興事業団常務理事事務局長)
小嶋一浩((株)シーラカンス アンド アソシエイツ代表取締役)
篠田信子(NPO法人ふらの演劇工房事務局長)
清水裕之(名古屋大学大学院工学研究科教授)
●調査研究に関する問い合わせ
地域創造芸術環境部調査研究担当 内田大輔、細野毅
Tel.03-5573-4066 Fax.03-5573-4060