一般社団法人 地域創造

ステージラボ高知セッションレポート

初めての美術コースなど、ユニークなカリキュラム

 2000年に入って1回目の記念すべきステージラボが2月15日から18日までの4日間、高知県で開催されました。今回は、美術コースが新設されるということもあり、ステージラボ始まって以来初めて美術館が会場となりました。慣れない作業にご協力をいただきました学芸員の皆様、その他、ご協力をいただきました皆様、本当にどうもありがとうございました。

 

 会場となったのは、展示室のほかに収納式能楽堂やホール(399人収容)のある高知県立美術館(高知県美)です。ここは、橋本大二郎知事による「高知らしさあふれる文化の県づくり」の中核施設に位置づけられているもので、全国からコンテンポラリーダンスなどの先進的な舞台芸術の受け入れを行い、また、地元の映画監督を起用した映画製作(大木裕之監督『HEAVEN-6-BOX/天国の六つの箱』(※)や土佐の芝居絵を広めた絵師金蔵(通称・絵金)の美術展を企画するなど、ジャンルにこだわらない意欲的な取り組みで、高知のアートセンターとして全国的に知られている美術館です。

 

 今回のステージラボは、こうした”高知らしさ”を反映してか、講師陣も多彩なら研修内容も大変ユニークなものになりました(8頁の全体スケジュール参照)。声楽指導からインターネット最新情報、映画上映会、編集者やデザイナーの発想法講座など、これまでになくバラエティ溢れたプログラムに、参加者もいささか翻弄されたのではないでしょうか。

 

※第46回ベルリン国際映画祭ヤング・フォーラム部門でNETPAC賞(アジアで最も優れた作品に贈られる)佳作賞受賞

 

●声楽とお辞儀にハマった!?

 

 今回のラボで体験型研修の効果(?)が一番発揮されたのがホールマネージャーコースでした。これまで管理職の立場でホール運営を論じることの多かったマネージャーコースですが、今回のカリキュラムは初日から全員がステージに上がるという体験型のラディカルなものになりました。声楽家の沢崎恵美さんの指導で準備体操からスタートし、発声練習、イタリア語で「La donne mobile(女心の歌)」に挑戦。さらには小学校唱歌の『待ちぼうけ』をマスター。

 

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 「声を出すと身体も心も開かれる?」(沢崎)と言うとおり、日頃、小難しい顔をしている管理職陣も「こんなことをやったのは幼稚園以来」「生のピアノ伴奏で歌うのが癖になりそう」と初日の緊張や管理職の立場もどこへやら、すっかり打ち解けていました。

 

 声楽にハマったのがマネージャーコースとすると、お辞儀にハマったのが入門者コースです。今回の入門者コースでは、「ホールはサービス業だ」(コーディネーター、中村すみだトリフォニーホール事業課長)を基本にお辞儀の仕方からチケットの営業、プロモーターとの付き合い方までホール職員としての基本が徹底的に叩き込まれました。

 

 すみだトリフォニーホールの表方をマネージメントしている浜野千鶴さんの「身体を15度に曲げて。はい次は30度」という指導で全員が鏡の前で姿を確認。「ホールで毎日のようにやっていることなのに今更と思いましたが、実はちゃんとできてなかったんだとわかりました」という感想も聞かれました。

 

●上映会からインターネットまで多彩

 

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 演劇コース、音楽コースなどジャンル別で行われることの多かった自主事業コースですが、今回は高知県立美術館での開催ということもあり、映像まで含めた幅広いジャンルが対象になりました。

 

 「地域をプロデュースする」をテーマにしたカリキュラムでは、「ホールは行政の実験場である」という北海道新冠町レ・コード館の堤秀文さんから、ホールに地域をどのように取り込んでいるかの興味深い事例が紹介されました。馬の生産地である地域性を生かして、馬を主人公にした創作ミュージカルはもちろんのこと、名馬の馬頭琴づくりから「レ・コード大勝」というブランド米の企画まで。その取り組みは多岐にわたっています。

 

 「この前、お年寄りのカラオケ大会をやりました。一番派手な服を着ておいでって言って、照明もガンガン当ててやったら、もう死んでもええって。介護保険制度のことが話題になりますが、病気になることばっかり考えていたのでは年金は破綻する。どうしたら病気にならないかを考えることが必要なんだけど行政が直接やれないのだったらそれをやるのがホールの役目だと思う」

 

 このほか、「砂浜美術館」(高知県大方町で行われている海岸を使った美術展)の提案者でもある地元のデザイナー、梅原真さんの発想法や地域がプロデュースした映画の上映会、モーションキャプチャーというデジタル技術で民族芸能を立体映像化しているわらび座のデジタルアートファクトリーの取り組みなど、さまざまな角度から地域について考えた4日間でした。

 

●視覚障害者の美術鑑賞術に目ウロコ!

 

 今回のステージラボでは、ステージラボ初の美術コースが設けられました。コーディネーターは水戸芸術館現代美術センターの逢坂恵理子芸術監督。学芸員、ホールのギャラリー担当者など合わせて15名が参加しました。テーマとなったのは、美術館活動の中でその重要性が高まっている「教育普及」。

 

 編集者、教師など多彩な講師陣の中で、特に刺激的だったのが、鑑賞者代表とも言える白鳥建二さんによるレクチャー。白鳥さんは、学生時代から各地の展覧会を鑑賞しています。ゴッホ、カンディンスキー、岡本太郎と、白鳥さんの守備範囲は実に広い。しかし、驚かされるのは、白鳥さんが、子ども時代に視力を失い、現在は完全に視力がない視覚障害者であることです。視覚障害者のための「触れる展覧会」が昨今増えていますが、白鳥さんが足を運んでいるのは、通常の展覧会です。一体、どのように白鳥さんは作品を“鑑賞”しているのでしょうか。

 

 白鳥さんが美術館通いを始めたきっかけは、名古屋市で開催されていたレオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会。「一緒に行った友人がいろいろと説明してくれたのを聞いて、充分楽しめたんです。これなら、他の展覧会も行けるぞ、と」。

 

 白鳥さんは、まず美術館に電話をして案内を頼みます。対応してくれるのは、事務職員や学芸員など美術館ごとにさまざま。制作年などのデータより、絵に描かれているものや、印象について自由に話してください、とお願いするそうです。

 

 「楽しいと感じるのは、例えば絵に描かれた木の葉が“さらさら”“ざわざわ”揺れている、というのように、情感豊かに描写される時です。案内してくれた人が、逆に『こんなにじっくり観たことがなかった』と感動してることもあります。僕にとって美術館が楽しいのは、絵を前にした人とのコミュニケーションで、その“ライブ感”がたまらないんです」

 

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 美術作品には、豊かなイメージ・情報が凝縮されています。白鳥さんの話を聞くと、一般的な「作品を静かに観る」といった“鑑賞”方法は、その情報を受け取る一つ方法でしかない、と気づかされます。

 

 特に、白鳥さんの感じる“ライブ感”は、現在の美術館で味わうことはなかなかできません。美術作品のもつ豊かなイメージ・情報を、子どもから大人、障害者などそれぞれの鑑賞者に応じ、どのような方法で伝えていくか─白鳥さんのレクチャーは、そうした教育普及の原点について考えさせる非常に示唆に富む内容となりました。

 

 また、高校の美術教師でありながら、現代美術作家として国内外で活躍している椿昇さんによる“椿流子どもとの接し方”も、“目からウロコ”の内容でした。椿さんが京都の美術館で手掛けたワークショップ「漂流教室」は、中学生15人がそれぞれのテーマで展覧会を企画するというユニークなもの。キーファーの作品を他美術館から借りたり、“馬”がテーマの展覧会なら、JRAと交渉してパネルを借りたり。交渉を行ったのはすべて中学生本人。「子どもを甘やかしちゃダメ。自分で考えさせる。そのために美術は非常にいい素材」という椿さん。また、「今の子どもはみんなキリキリしたところで生きている。

 

 絵とか美術にはそれがよく現れる。美術教師はそうした微妙なサインを見極める技術が必要。美術館もそうした役割を積極的に担うべきでは?」などなど、作家兼日々生徒と接する教師としての説得力に溢れた“椿語録”はいずれも忘れられないものばかりでした。

 

 「教育普及」をテーマにした研修会は、ともすると各館の学芸員による事例報告会で終わってしまいがちですが、今回は編集者、教師、鑑賞者といった美術館の「外」の視点を通じ、現在の社会における美術館と普及活動の役割について改めて考える、非常に奧の深いコース内容となったのではないでしょうか。

 

●ステージラボに関する問い合わせ
芸術環境部 研修交流担当
Tel. 03-5573-4067

 

ステージラボ高知セッション スケジュール表

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●コースコーディネーター
◎ホールマネージャーコース
山形洋一(喜多方プラザ文化センター館長)
児山真(アウフタクト/カザルスホール企画室チーフプロデューサー)
◎ホール入門コース
中村晃也(すみだトリフォニーホール事業課長)
◎自主事業コース
坪池栄子(文化科学研究所客員研究プロデューサー)
◎美術コース
逢坂恵理子(水戸芸術館 現代美術センター芸術監督)

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