一般社団法人 地域創造

「フランスアートマネジメント講座」報告書より フランスにおけるメセナ活動

フランシス・ラクロッシュ氏

 

(預金・供託公庫 メセナ・文化事業統括部長)セミナーより

 

  今日は我々預金・供託公庫メセナの行っている活動と地方自治体との関係について、お話ししたいと思います。預金・供託公庫(CDC)は、1816年に設立された機関ですが、住宅政策や公務員の年金の運用、国土整備に関する資金繰りといった事業を行っています。現在職員数は3万人余りです。我々のメセナ活動は1980年代に始まりました。ちょうど企業がメセナに関心をもち始めた時代で、自治体からの要請でもありました。1982年に新しく着任した頭取によって始められた我々の最初のメセナ活動は、荒廃したシャンゼリゼ劇場を修復し復興させることでした。これを核に、我々の社会的活動は広がりをもっていきました。フェスティバルの開催や現代美術の収集などが行われるようになり、私が勤務し始めた90年以降はロックなどにも助成するようになりました。現在は一般市民の文化活動や、ストリートダンスなど若い人たちの活動を支援する助成を、積極的に行っています。

 

 さて、我々のメセナ活動に対する基本的な姿勢について、まずお話ししましょう。我々にとってメセナ活動は、CDCの仕事の延長線上にあると考えています。したがって、通常の公庫の役割とメセナ活動を分けて考えてはいません。CDCは都市計画と密接な関係をもち、大きな役割を果たしていますが、都市のインフラ整備や福祉政策とメセナ活動は結びついているものだと思っています。なぜなら文化的活動を抜きにしては、都市開発や福祉は考えられないからです。そしてもう一点申し上げておきたいのは、私たちがメセナを行う際の基準です。それは、貧しい芸術家を救済するといったことではなくて、あくまで芸術の質を重視しています。同時にメセナの金額の大小ではなく、活動の質が大事だと考えています。

 

 それでは実際にどのような活動を行っているのかご紹介しましょう。CDCのメセナへの予算は、全体予算のごく一部に過ぎず、350万フランほどです。ですから特に小さな単位の地域におけるフェスティバルや街頭演劇の公演、文化施設に対する支援などを行っています。地域文化振興の例としては、フランス南西部の地方都市アジャンにおける「フロリダ」というフェスティバルの開催などがあります。このような事業は自治体の政策にも合致するもので、自治体の議員らとの協力関係によって進められています。CDCでは、従来から住宅政策や運輸政策との関係で自治体とのつながりを重要視してきました。それぞれの地域に地域圏所長を配属して都市の近代化に関わりをもっており、そのPR活動の一環として、施設の整備だけではなく文化団体や劇場などのパートナーと協力して、さまざまな文化活動に力を入れています。

 

 次に、音楽活動に対する支援に関し、トゥールーズという町の例をご紹介しましょう。フランスには各地域圏にオーケストラがありますが、この町にも約90人の演奏家と技術スタッフで編成される大規模なオーケストラがあります。そこで私たちは、このオーケストラに依頼して、大学のキャンパスでコンサートを開催しています。学校の講堂などで学生に対して無料でコンサートを開いてもらうのです。大学の方からは会場と設備を無料で提供してもらいます。オーケストラは古典音楽からクラシック、そして現代音楽まで非常に幅広いレパートリーをもっているので、学生はこのコンサートを通してさまざまな音楽に触れることができます。これをきっかけに段々と音楽に興味をもち、観客として劇場にも通うようになります。この活動は地域圏の大学とオーケストラとのパートナーシップによって行われていますが、現在14の地域圏がこのようなシステムを採用しています。この事業には6万から7万フランのコストがかかります。また事前の交渉に3~4カ月は必要ですが、いったん契約が結ばれると3年から4年も続いて行われることがあります。我々はこのように、自治体とできるだけ長期的な計画に基づいて活動を行っていきたいと考えています。

 

 メセナにとって大切なのは、企業が主体的な取り組みを行うことです。自治体や地域から頼まれて資金を提供するだけでなく、自ら進んで文化事業に携わる必要があります。主体的なメセナ活動を通して、企業は文化活動の生みの親となることができます。日本をはじめとして企業が大規模な文化施設を建設する例はありますが、企業にとって大切なことは、文化団体、自治体などとの協力関係を通して、既存の施設を活用できる新しいソフトのプロデュースに参加することです。

 

 CDCでは、地方レベルでの現代美術や写真作品のプロデュースを行っています。この方式は、ある意味で映画制作をモデルとしたものです。プロデュースという概念は、企業経営に相通ずるところがあります。企業は研究開発や投資というかたちでリスクを負います。舞台芸術のプロデュースにも、資金繰りや観客動員などのリスクが伴いますが、これは企業経営におけるリスクと同じです。CDCが造形芸術に対するプロデュース方式の支援を始めたのは、造形作家にとっての最大の問題は、作品製作の資金不足にあると考えたからです。今日の美術界では、複雑なテクノロジーの利用、振付家と美術作家の共同制作、演劇関係者の造形芸術に対する関心などの傾向が見られ、プロデュースという概念が重要な意味を帯びてきています。CDCでは、作家から提出された企画書やデッサン、模型に基づき、プロジェクト実現に必要な製作費や作家自身の報酬を含む資金を提供しています。また、出来上がった作品はCDCの所有となりますが、その収蔵は地方の美術館などに委託しています。CDCがプロデュースした例としては、フランス南西部の地方都市カオールの彫刻展のための作品や、現在パリのシャンゼリゼ通りで行われている野外彫刻展のための西川さんという日本人作家の作品があります。プロデュースの意義は、作家のパートナーとなることであり、収蔵委託先の地方美術館をはじめさまざまなパートナーと密接な協力関係を築くことです。また、作品は各地で巡回展示されることもあり、例えば、96年に製作されたあるフランス人作家の作品は、まず東京の世田谷美術館で展示され、ドイツに巡回した後、昨年98年はボルドーの植物園で展示されました。

 

 フランスでは、国の文化予算が約150億フラン、全国の地方自治体の文化予算の合計が約370億フランという数字からもわかるとおり、自治体が大きな役割を担っています。15年ほど前までは、自治体には文化の専門家はあまりいませんでしたが、最近では、優れた人材を備えているところも増えています。文化は地方の情報発信にとっても重要な要素となっているのです。地方圏議会の議長は、文化政策を優先課題の一つにしています。また、文化は企業誘致の点でも重要な意味を帯び、商工会議所や県も文化施設の存在が地域経済にもたらす間接的な効果に強い関心を寄せています。ナンシー、アミアン、リモージュなどの地方都市でも、文化がもつ経済的影響力を見直す動きがみられます。ここで必要となるのは、政治家や経済人、文化関係者の間での対話です。話し合いを通じて、地方文化の重要性に関する共通の認識が生まれれば、企業経営者も単なる資金提供者の立場を離れ、真剣な取り組みを行うことができるのです。

 

 また、自治体が運営している文化施設の中には、単に文化的・社会的なエリートが文化を消費する場所ではなく、もっと住民に身近な存在になろうと努力しているところがあります。例えばダンスに関しては、パリ近郊のオーベルヴィリエという町では、市長の要請により、フランソワ・ヴェレという振付家がダンスセンターを開設し、本格的な文化交流の拠点となっています。同じく振付家のマギー・マランは、近隣住民やアマチュアとの交流に強い関心を抱き、リヨン近郊に住み着いています。その他、アーティスト・イン・レジデンスをきっかけに、地方の文化拠点の責任者となった振付家の例は多く、こうした施設はアマチュアの芸術活動の場となり、かつてはあまり足を運ぶことのなかった住民にとっても、今では身近な存在となっています。
(以下略)

 

●「フランスアートマネジメント講座」報告書
 1999年9月に開催した研修会「フランスアートマネジメント講座」の報告書が発行されました。ご希望の方は担当(鐘ヶ江 Tel. 03-5573-4067)までお問い合わせください。

 

●報告書目次
 ゼミ1 基調講演「概論 フランスの文化政策」/ゼミ2-A 公的サービスの使命と芸術文化基本計画 ~ 2つの事例に関する考察/ゼミ2-B アミアン文化会館 ~ 地方分散化のネットワークの変遷/ゼミ3-A セーヌ・サン・ドニ県の文化 ~ 大いなる志/ゼミ3-B 人口27万人弱のナント市の事例/ゼミ5-A 地域における国際交流事業 ~ ナント市の文化政策/ゼミ5-B イル・ド・フランス・オペラバレエ協会の活動/ゼミ6 フランスのメセナ ~ 自治体と民間のパートナーシップ/特別レクチャー フランスにおける演劇創作の環境と国際的活動

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