滋賀県の栗東芸術文化会館「さきら」で1月8日、9日の両日、地元の小中学生を起用した創作ミュージカル『未来への約束~栗の木の東の国で』が上演された。民話を土台に未来に生きる素晴らしさを歌い上げたステージ。子どもたちのひたむきな姿に思わず涙がこぼれた。地方発の子どもミュージカルには珍しく、プロオーケストラを招くなど、「本物」を目指す姿勢が感じられた。
公演は、さきらオープン記念事業の一環。作品の舞台は、町内に実在する金勝山。古代にタイムスリップした少年が当時の子どもと交流する中で友情や思いやり、自然とともに生きる大切さを学ぶ。原作は生田智章さん。劇団「四季」の俳優として「キャッツ」などに出演、いま大阪を軸に各地で舞台制作・演出をしている。4年前、さきらの企画委員の知人から依頼を受けた。歴史を調べ、金勝山に片道4時間以上かけて登るなどで想を練った。台本は2幕22場、約2時間。環境保護 など現代へのメッセージも織り込んだ、本格的な作品だ。昨夏の出演者オーディションや、演出も手掛けてきた。
音楽は東京芸大講師で「警部補・古畑任三郎」などテレビドラマに携わる丸山和範さん。純クラシックから、マイケル・ジャクソン風、邦楽調もあった。演奏は丸山さん指揮の、京都フィルハーモニー室内合奏団。場面展開や心情を巧みに表す音楽は聞きごたえがあった。ミュージカル公演はプロでもカラオケを使う例が少なくない。さきらの試みは極めて貴重だ。振り付けは元宝塚ジェンヌの佐賀有希子さんが担当。兵庫県で子どもにダンスを教えている実績からの起用だった。こうした町外で活躍する専門家が、地元の歌や伝統芸能指導者、スタッフとチームを連携、準備を進めてきた。
「一般にオーケストラの音からは音程が取りづらい。うまく歌えるか懸念もありましたが、子どもだからと目標を学習発表会の水準に留めず、志の高い舞台を目指そうと考えたのです。大人が考える以上に子どもは周囲の人次第で伸びるものです」と、制作を統括したさきら副館長の山下徹さん。大阪・梅田のコマ劇場や同・茶屋町のシアター・ドラマシティーで約40年間、商業演劇を手掛けたベテラン・プロデューサー。98年の退職を機に転身した。地域密着型事業は初だったが「アマチュアが練習を重ね、舞台を踏むのは宝塚歌劇と同じ」と広い人脈と民間出身の柔軟なノウハウで個性ある舞台にまとめた。
地元の苦労は並大抵ではなかった。オーディションを経て、舞台を踏んだ子どもは同町や近隣の約230人。「事故防止に気を使いました。リスクは大きかったけれど、やりがいありましたね」。さきら事務局の九里学プロデューサーは振り返る。参加者の父母から問い合わせが絶えず、自宅に一晩で何と38本の電話がかかってきたこともあった。子どもの大半はミュージカルは初めて。「練習開始当初は歌といっても蚊の鳴くような声だったのに。長い練習に耐え、本番はよくやってくれました」と、地元で声楽を指導してきた松岡安美さん、伊藤真理子さん。生田さん、佐賀さんともども成功を分かち合っていた姿が印象的だった。制作を通した出会いが地元にもたらした刺激は計り知れない。県下では近年、びわ湖ホール開館の影響などでオペラやミュージカルに関心が高まっており、この公演にも期待が寄せられていた。文化を通じた出会いの場づくり、地域の人づくりを試みたこの事業は、地域に根差すホールの良い事例だったと思う。
作品は地元を舞台にしているが、盛り込まれたメッセージは地域を超えて訴えかける力があるように思う。たった2回の本番で、埋もれてしまうのは惜しい。ぜひ再演を望みたい。新たな舞台は、今公演が残した課題を改善する機会になり、「演じる側の蓄積・熟成につながる」(生田さん)。ほかに真似のできない、栗東発の古典に育て上げてほしいと思った。
(谷本裕)
●滋賀県栗東(りっとう)町
琵琶湖南部地域の中核・草津市の東隣に位置し、人口5万5000人。町内には約2000頭の競走馬を擁する、JRA栗東トレーニングセンターがあり、名騎手・武豊さんが育ったことでも知られる。
●栗東芸術文化会館「さきら」
栗東町の町制45周年を記念し、1999年10月に開館した。愛称の「さきら」は「才気」や「先端」を表す日本の古語。建物は鉄筋コンクリート造り地下1階地上5階建て延べ約1万1800平方メートル。音楽演奏を主目的にした大ホール(客席810)、演劇用の中ホール(406)、多目的の小ホール(200)や練習室、展示室、衣装製作室などを持つ。敷地には野外ステージや、シンボル広場(約5600平方メートル)も。総事業費101億円。同県内では「びわ湖ホール」に次ぐ規模。
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地域創造レター 今月のレポート
2000年2月号--No.58