一般社団法人 地域創造

兵庫県芦屋市 南芦屋浜 コミュニティ&アート計画

 1990年代に入ってから、公共空間に美術作品を導入するいわゆるパブリックアートが盛んになった。だが、そのうちどれだけのものが地域に溶け込み、住民に親しまれているのか、疑問に感じることも少なくない。とりわけ、その地域とはなんの接点もない場違いな彫刻が、メンテナンスもされないまま放置されているのを見るにつけ、彫刻にとっても地域住民にとっても不幸な事態だと思う。「彫刻公害」と呼ばれるゆえんである。パブリックアートとは単なるお飾りではない。極端に言えば、多少の毒を含んでいても、住民を刺激し地域を活性化させる効力を発揮してこそ、幸せなパブリックアートと言えるのではないか。毒は薬にも転化するのだから。そんなパブリックアートの試みを、南芦屋浜災害復興公営住宅に見た。

 

  この公営住宅は、阪神大震災で家を失った人たちのために住宅・都市整備公団によって芦屋市の埋立地に建てられたもので、昨春から入居が始まっている。震災前にはコミュニティ豊かな木造家屋に住み、震災後は仮設住宅で暮らしていた人たち(高齢者が多い)が、鉄筋コンクリートの高層住宅に移った時に、どうすれば新しい地に愛着をもてるのか、いかにして新たなコミュニティを形成していけるのかが問題となった。その解決策として、公団や地元のコンサルタント、建設業者らでコミュニティ・アート実行委員会が組織され、関西在住かその近辺出身の9作家によるパブリックアートを組み込んだ「コミュニティ&アート計画」が実施された。

 

  作品は計12棟のピロティ(入口にあたる通路)と中庭に置かれている。いや、正確には「置かれている」のではなく、場所そのものが作品化されているというべきだろう。つまり、あらかじめつくった作品をただ持ってきて置いたのではなく、その場所に何度も足を運び、住民のことを考えてつくったものなのだ。例えば、小山田徹はピロティに椅子と鏡を備えつけて会話や憩いの場とし、アイデアル・コピーは蛍光灯を使い、1時間ずつ明かりが移り変わっていくことで時計の機能をもたせている。このように実用性のある作品もあれば、超然とした作品もある。イチハラヒロコはピロティを真っ白く塗った上に、「あしたもあしたもあしたもあいたい。」といった言葉を黒い文字で描き、藤本由紀夫は壁、床、天井を漆喰や瓦でしつらえ、ピロティを実に味わい深い空間に作品化している。住民にこびることなく、質の高い空間づくりに徹することが、住民にとっても最良の結果をもたらすだろうという考え方に違いない。

 

  その中で、コミュニティを最も意識したのが田甫律子の「注文の多い楽農店」と題する作品だろう。中庭の2カ所に段々畑をつくり、農作業を通して住民同士のつながりを深め、新しいコミュニティづくりに貢献しようという趣旨だ。そのためボストンに住む田甫は、住民の入居前から何度も日米を往復して「楽農講座」を開き、造園のノウハウや農作業の楽しさを伝えてきた。とはいえ、現在この楽農に参加している住民は全体の1割にも満たないという。「楽農」といっても農作業=労働というイメージが強く、まだまだアート=遊びという感覚では捉えられていないせいかもしれない。

 

  ただ、こうしたパブリックアートは1年や2年でなく、10年、20年の長いスパンで見ていく必要がある。初めは抵抗があっても、徐々に地域になじみ、住民に親しまれてくるケースは多い。とりわけここにある作品のように、毒にも薬にもなるほどの強度を備えたアートであれば、最初に抵抗が強ければ強いほど深く浸透していくはずだ。最初に挙げた小山田は、そんな悠長なことは言ってられないとばかりに、みずから屋台を引いて住民との直接的なコミュニケーションを求めているが・・・・・・。そのことを含めて、この「コミュニティ&アート計画」が、パブリックアートの新しい方向性を示唆していることは間違いない。

(村田真 美術ジャーナリスト)

 

※なお、12月5日まで芦屋市立美術博物館では、「南芦屋浜コミュニティ&アート計画」ドキュメント展Part2を開催中。 Tel. 0797-38-5432

 

●南芦屋浜/コミュニティ・アート計画推進機構
[代表者会議]座長:延藤安弘(千葉大学教授)、畑喜春(兵庫県都市住宅部長)、西村安裕(芦屋市助役)、塚本幸三(住宅・都市整備公団震災復興事業本部住宅整備部長)

 

●南芦屋浜/コミュニティ・アート実行委員会
[委員会]座長:小林郁雄(コー・プラン代表)、延藤安弘(千葉大学教授)、増永理彦(神戸松蔭女子学院短大教授)、河崎晃一(芦屋市立美術博物館学芸課長)/アートワーク担当:橋本敏子(生活環境文化研究所代表、ドキュメント2000F)、ほか

 

●南芦屋団地概要
[所在地]芦屋市陽光町6(県営)、5(市営)
[敷地面積]約4.2ha
[計画戸数]県営414戸、市営400戸

 

地域創造レター 今月のレポート
1999年11月号--No.55

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