●後発美術館ならではの意欲的な試み
従来の美術の枠に収まらない自由な企画を実施するという美術館が、97年10月、新潟県新津市にオープンした。新津市美術館までは新潟駅から車で30分ほどで、周辺には新潟市美術館や長岡の県立美術館などの大型美術館が立地している。そのため、後発美術館ならではの思い切った運営が可能となり、建築的にもパフォーマンスに対応できる空間づくりを行うなど、小規模ながら特徴ある活動が実現した。
階段とテラスをうまく生かした吹き抜けのエントランス空間や、戸外の野外劇場を活用して発表してきた企画は、演劇からイタリアの映像作家グループを招いた実験作品、郷土芸能の再現まで、美術館とは思えない幅広いものとなっている。こうした企画や美術館の運営面については、開館前から一貫して横山正氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)のアドバイスを受けてきている。
4月6日、取材にうかがった日には、「音のはじめ 音楽の創まり」という企画展が開催されていたが、これも、同じ新潟県内の上越教育大学の茂手木潔子教授の研究に注目した横山氏が、茂手木氏に協力を依頼して実現したものだ。茂手木教授の専門は音楽学で、すでに確立された音楽や楽器以前の、日本の「音」や「響き」に焦点をあてた研究を行っている。98年6月にも、茂手木教授の企画により、新潟の酒蔵で歌われてきた仕事唄「酒造り唄」を再現する試みが行われている。
今回の企画展で展示室の主役となっているのは、虫笛、ハト笛、法螺貝などの音の出る玩具や道具たちだ。「今、“音楽”と呼ばれているものの範囲がとても狭くなっていて、楽譜どおりに歌ったり楽器で演奏することだけが“音楽”だと考えられている。そういう枠に当てはまらない、豊かな日本の音の世界、音楽文化を伝えたい」と、茂手木教授。会期中には、展示に関連したコンサートやワークショップなどさまざまな関連企画も予定されている。
取材当日、アトリウムではコンサートのリハーサルが行われていた。出演は、茂手木教授の呼びかけで集まった上越教育大学の学生15人。ダンスと声、音の出る道具を組み合わせた不思議な“コンサート”である。リーダーの伊原めぐみさんによると、展覧会の趣旨を踏まえ、皆で振付、構成を考えたそうだ。使う楽器も、学生たちが自由に選んだ。展示品以外に、酒瓶をばちで叩いたり、大豆を平箱に入れた“楽器”も創作した。アトリウムには、同じ大学の美術コースの学生による音のでるインスタレーション作品が展示してあり、それが舞台美術として効果的に生かされていた。音をキーワードにこうした柔軟な取り組みができるのも、既成の美術館の枠に拘らない運営方針があればこそだが、新津という人口約7万人の市でこうした試みをどのように根づかせていくかがこれからの勝負のような気がする。地域だからこそ芽生えた試みとそれゆえの制約─日本中どこにでもあるこのジレンマに新津市から新しいメッセージが発信されることを心から願ってやまない。
リハーサルは閉館後も夜遅くまで続いていた。学生たちと一緒に、4人の学芸員の皆さんが最後までつきあっている姿がとても印象的だった。内3人は20代。いわゆる学芸員の仕事とは随分違うのでは?との質問に、担当の荒井直美さんは、「いろんなことが体験できて面白いですよ」と、答えてくれた。さまざまな表現の現場を体験したスタッフから、今後、どんな企画が生まれるのか、興味が惹かれるところだ。
(宮地俊江)
●「音のはじめ 音楽の創まりー日本の音を聴くー」
[日程]3月9日~5月30日
[主催]新津市文化振興財団=新津アートフォーラム
◎関連企画「つくる・きく・かんがえる」
・レクチャー「楽器を超えて」3月27日
・コンサート&トーク「日本の音を聴く」4月17日 、5月15日
・ワークショップ「親子でつくる音の出るおもちゃ」4月25日
●問い合わせ
新津市美術館 Tel. 0250-25-1301
地域創造レター 今月のレポート
1999年5月号--No.49