鳥取県にちなんだテーマ・素材を基にしたミュージカルを、県民手づくりで上演するという事業が、このほど行われました。演出助手兼舞台監督として参加された大倉克敏さんに、その模様をご寄稿いただきました。
●
水浴中に里の若者に羽衣を奪われ、挙句にその男と結婚までさせられてしまった天女の悲劇を語った鳥取県中部に伝わる打吹羽衣伝説と、日本書紀の記述を基に鳥取の地名の由来(*)とを絡めて描いたミュージカル『茜 飛天~鳥取地名伝説』は、昨年12月20日、鳥取県民文化会館で、そして1月24日、米子コンベンションセンターで上演され、成功裡に終了しました。
市民劇、という演劇スタイルが定着している鳥取では、すでに何度か、市民の執筆による創作劇が民間レベルで上演されていますが、県主催のオリジナル舞台芸術作品は、今回が2作目。原案募集から始まり、出演、裏方まで県民への参加を呼びかけたこの企画は、多くの関心を呼びました。原案募集には、36篇の応募があり、上演に関わった人たちは250人に達したのです。
昨年1月に行ったオーディションには、県内のアマチュア劇団、合唱団、バレエ団の関係者のほかに、舞台を全く知らない初心者が多数集まりました。これを機に、自ら演じてみよう、という思いに駆られたのです。
芝居をし、歌い、踊る。ひとつの分野で経験を積んできた人たちが、未知の世界に挑戦する。それがミュージカルの面白さであり、難しさでもあります。それぞれのジャンルのベテランたちは、慣れぬ芸域に汗だくでした。当然、初めて観られる側に立とうとしている人たちは、とまどいながらも、必死です。
『茜 飛天』は、上演以外にもうひとつの目的をもって企画されました。それは、舞台づくりの人材育成です。舞台づくりに関わっている人は県内にももちろんいるわけですが、平成14年に鳥取県で開催される国民文化祭に向けて、それを本格化しようという訳です。そのために、演出、照明等、いわゆる裏方スタッフのプロが、アドバイザーとして中央から招かれました。その指導のもと、小道具、衣装等の準備作業も進みます。
そんな中で、瞠目したのは、アドバイザーの方が提案した大道具プランの奇抜で斬新なアイデアでした。ホリゾント幕と袖幕をすべて和紙で製作しよう、というものです。大道具セットの蹴込も、やはり和紙で装飾します。
鳥取は因州和紙の産地として有名です。それを生かそう、というわけです。業者から無料提供していただいた和紙を90センチの正方形に切っていきます。それを丸めて皺をつくります。その皺を残した状態で紙を広げ、台紙に貼付けるのです。私たちは稽古日以外の休日を返上し、また、勤務を終えてから時間をつくって、その仕事に集中しました。その量は多分、何百枚にも達するでしょう。
出来上がったホリゾント幕に照明を当てると、想像もしなかったすばらしい効果が生まれました。皺は立体感を表現し、色模様の変化は和紙を異質な形態に変貌させ、舞台を別次元へと誘います。まさに幻想的。メルヘンタッチの作品にそれは見事に融合し、ドラマチックな音楽、美しい踊りと共に、公演日には観客の心をしっかりと捉えたのです。
鳥取に伝わる羽衣伝説は、母が子を残して天界に帰って行く悲しい物語です。『茜 飛天』はさまざまな愛をテーマに、展開していきました。親子の別れは、観る人の涙腺を緩めたようですが、鳥取という地名の誕生の喜びを感動的に謳い上げ、2時間余りのドラマは幕を下ろしたのです。また何かに挑戦したい、と語った初参加者の一言が、『茜 飛天』のすべてを象徴しているように、私には思えるのでした。
●鳥取県文化創造発信事業
『茜 飛天~鳥取地名伝説』
[原作]足立勝康
◎制作スタッフ
[芸術監督・演出]砂川哲夫
[脚本]須崎俊雄
[振付・衣裳]池澤正子
[演出助手・舞台監督]大倉克敏
[作曲]新倉健
[指揮]竹田篤司
◎アドバイザー・指導
[総合アドバイザー]吉永淳一
[舞台監督]前原和比古
[装置プランナー・指導]藤本久徳
[小道具監修・指導]山崎多美子
[照明プランナー・指導]中川健二
[音響デザイナー・指導]安良岡守
[衣裳監修・指導]田代洋子
*鳥取の地名の由来~「物言わぬ皇子が白鳥を見て、初めて言葉を発したことを喜んだ垂仁天皇が天湯河板挙(あめのゆかわたな)に命じ、白鳥を捕らえさせた。白鳥を捕らえた彼には鳥取造(ととりのみやつこ)という姓が与えられた(それに因み、その地が鳥取部と定められた)。」(日本書記より)
地域創造レター 今月のレポート
1999年3月号--No.47