一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.5 ホール・劇場機構編③ 音響の仕事

音響の仕事

音響~劇場の中にいる人を共通の感覚で満たす

講師 市来邦比古(世田谷パブリックシアター テクニカルスタッフ)

 

  劇場における「音響」は、大きく2つに分けられます。ひとつは、劇場の空間がもつ特有の「音の響き」のことで、何らかの音が発せられた時、どう響くのかあるいは響かないのかということです。もうひとつは、劇場における演し物にまつわる「音の響き」のことで、演し物に合わせてどういう音をどう響かせるかということです。

 

  前者が「建築音響」と呼ばれる分野で、後者が今一般的に「音響」と呼ばれている分野になります。厳密には「舞台音響」と呼ばれ、さまざまなレベルの専門のスタッフが関わって仕事をしています。今回は、この「舞台音響」について概観します。

 

●劇場における「舞台音響」の歴史

 

  電気などなかった時代に、演し物は、生の俳優の台詞、あるいは音楽家の歌や演奏がマイクなどを使わずに、演じられ演奏されてきました。演劇の効果音も生で出され、小道具係などが担当していました。近代劇が始まり、写実性が重視されるようになると、音響効果は写実性を支える大きな要素となり、専門のスタッフが登場しました。

 

  20世紀に入り、マイクやアンプ、スピーカーなど電気音響の基礎がつくられ発達するにつれて、劇場にも放送設備として持ち込まれるようになりました(ちなみに電気音響の基礎はベルやエジソンの発明や発見に基づいています。アンプは1906年の3極真空管の発明によってつくられました)。

 

  演説会で使用されることから始まり、音楽会でも歌や楽器にマイクが使用されるようになりました。ラジオ放送やレコードの収音技術の発達によりマイクやアンプの技術が向上し、映画のトーキーの始まりにより劇場のスピーカーも飛躍的に音質が向上しました。また、演劇の効果音再生にも電気音響がさまざまに使われるようになり、再生機器もレコードプレーヤーからテープレコーダーに代わり、音響効果の仕事は進化していったのです。

 

  エレキギターなど電気楽器が普及し、劇場内の音の大きさが増大するにつれて急速にシステムの質が向上していきました。そしてビートルズに代表されるポピュラー音楽の大規模なコンサートが始まり、多チャンネル、多機能な音響コントロールシステムが使用されるようになっていきました。  現在では、ミュージカルのような電気音響システムをフルに使う演し物が増え、また観客の音の良さへの要求も高まってきて、良質で多彩な音響演出に対応できるシステムの構築が劇場の電気音響を考える時の基本となっています。

 

●舞台音響ー電気音響システムの今後

 

  空気の振動を電気信号に変換し、何らかの信号処理をして、また再び電気の振動に変えるのが電気音響の基礎です。その際の電気信号はアナログ信号であり、信号処理もアナログ信号処理です(アナログとはギリシャ語からきた言葉で「似たもの」という意味です。音の高さや強弱がそのまま電気信号に変換され、処理されているということです)。

 

  アナログ信号処理技術は究極に近く、新たな発展を期するためにデジタル信号処理が導入され急速な普及が行われています(デジタルとはラテン語で「指」という意味でそれから数字という意味へ変化しました。デジタル処理とは信号を数字的に扱うということです)。

 

  家庭内にも普及しているCDプレーヤーやMDが身近なデジタル音響機器ですが、音響に関わるすべてのところが現在デジタル化に向かっています。デジタル化することで音質の改善、配線上の伝送障害の軽減、記録メディアの質の向上といったことだけではなく、複雑な操作をシンプルにする、あるいは「記憶」を駆使して操作の支援を的確に行うといったことも可能になってきました。それらを通じて、今、新たな「舞台音響」の世界が始まろうとしています。

 

●劇場における「音響」の役割

 

  「音響」の最も大きな役割は他者である観客、出演者(俳優、演奏者)、スタッフが同一の空間の中で共通の感覚を共有化する手だてであるということです。

 

音が感動を呼ぶのはそれ故です。

 

  具体的には、演し物に合わせてどういう音をどう響かせるかが「音響」の仕事になります。演し物の種類によって必要とされる仕事は異なります。基本的な考え方を右頁の表に整理しておきましたので参照してください。

 

  前に述べたように、「音響」は永い劇場芸術の歴史の中でつい最近分野として登場してきたジャンルです。あるがままの音の響きを受け入れることから、任意に音を響かせるように進化してきました。音響スタッフはこういう自分たちの仕事を「音」をつくるといいます。

 

  「音響」とはシステムのことだけではなく、音にまつわる情緒、情感のことも含んでいます。声の伝達、音楽の伝達、効果音やいろいろな音の伝達、音の環境づくりを基本とし、そこに五感を通じて情緒、感情が関わるように設計され、デザインされ、効果音などは創作され、オペレートされ、音が出される=「音」がつくられていくのです。

 

●音響スタッフの仕事

 

  音響スタッフには大きく二通りあります。ひとつがカンパニーなどとともに「劇場を訪れる音響スタッフ」、もうひとつが「劇場付きの音響スタッフ」です。それぞれの仕事について以下に説明します。

 

◎劇場を訪れる音響スタッフ

[コンサート関係] ポピュラーコンサートの音楽ミキシングは非常に専門化された職業です。ひとつのコンサートに、客席で聞こえる音をコントロールするハウスオペレーター(システムプランも行う場合が多い)、ステージ上の音をコントロールするモニターオペレーター、スピーカーシステムを最良に調整するチューニングオペレーター(ハウスオペレーターが行う場合もある)、機材を提供する会社のスタッフ、本番付きでマイクやスピーカーの移動を行うスタッフ、アンプやワイアレスマイクの管理をするスタッフなど大勢の音響スタッフが関わっています。

 

[演劇、舞踊関係] 演劇や舞踊においては演出家、振付家と共同して作品の中の音を構築していく音響プランナーと、日々同じではない舞台に合わせながら演出の意図、プランナーの意図を再現していくオペレーターが作品づくりに関わっています。プランナーとオペレーターが同一である場合も多いです。

 

◎劇場付きの音響スタッフ

  劇場に所属してその劇場の響きをよく知り、音響システムに熟知したスタッフのことです。舞台全体の安全管理を行い、音響システムを最良に維持していく技能をもち、そして劇場を訪れるスタッフに対して懇切丁寧にシステムの使用説明や、アドバイスを行うことを日々の仕事としています。主催事業ではプラン、オペレーションを行う例が増え、ただマニュアルに則った管理をすればよいということではなくなりつつあります。

 

 音響スタッフの仕事にはマイク一本の操作や、家庭にもあるCD、MDを動かし、音量を調整するといった簡単に思われる仕事があり、誰もが始めようと思えば始められます。小さな劇団では俳優が操作したり、事務職の人がマイクの操作を行う場合がよく見受けられます。しかし劇場では観客という見知らぬ方々を相手にするのです。出る音にアマチュアもプロもありません。基礎知識、基本的な技能、安全知識が必要なことは言うまでもありません。ボランティアスタッフなどについて言及される現在、一般の利用者向け基礎講座の普及が望まれます。

 

<催し物別の音響の仕事>

 

◎講演会・セミナー・シンポジウム
  舞台上の話し手の声を客席全体に明瞭に伝えることが音響の仕事です。さまざまな声の大きさ、ニュアンスをもった話し手の人たちです。その人に合わせて微妙な調整をします。ビデオ投影、多元中継など多様な技術が要請されます。

 

◎クラシックコンサート
  観客に対する電気音響の作業は最小にとどまりますが、録音が重要な仕事になります。またレクチャー付きコンサートも増えてきました。コンサートホールでの明瞭なアナウンスは難しい技術です。また演奏位置、残響可変など音の専門家としてのアドバイスが要求されます。

 

◎ポピュラーコンサート
  歌はもちろん、楽器それぞれにマイクを立て、楽器からの直接の信号も含め数十チャンネルに及ぶコントロールを行い、観客・聴衆に良質の音を提供します。音楽ビジネスともリンクし、観客の音への要求も高く、非常に専門性にあふれた音響の仕事です。

 

◎演劇
[ストレートプレイ]
  会話を中心とした演劇です。声は基本的にはマイクを通さずに演じられます。劇の進行に合わせた音楽や効果音が再生機器(テープレコーダーやMD、CDなど)を駆使して出されます。演出と綿密な共同作業を行います。音響は観客を感動に誘う大きな手立てです。

 

[ミュージカルプレイ、音楽劇]
  歌と踊りと音楽を中心にした演劇です。踊りながら歌うためワイアレスマイクを使用する場合が大半です。音楽は生演奏の場合もあれば録音の場合もあります。電気音響をフルに使いながら自然な音をつくるのは難しく、技術力が要求されます。ロックミュージカルともなるとポピュラーコンサートと同じようなシステム、能力が必要です。

 

[舞踊]
  舞踊作品で音響は欠くことのできない分野です。特にモダンダンスや、日本舞踊の創作作品では音楽の選択、劇場での音響空間の創出において作品づくりになくてはならないポジションです。振付家と作品意図について充分な打ち合わせが必要です。フラメンコ舞踊などの民族舞踊でもマイクによる補助を必ず行います。クラシックバレエでも劇場で何らかの音響スタッフの関与があります。

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