音響的アプローチからライブホールとしての魅力の時代へ
講師 草加叔也(劇場コンサルタント/空間創造研究所代表)
ある年代以上にとって、コンサートといえば当然クラシック音楽のことと考えるのが一般的です。しかし、今日では必ずしもそうではなく、ポピュラー音楽からロックまでを含めてコンサートと呼ぶようになってきています。少なくとも、我が国の音楽業界では、ポピュラー音楽やロックのコンサートが動員する観客数が、クラシック音楽のものより約5割近く多いという統計データもあります。今後この種の音楽を楽しむホールについても十分考えていく必要がありますが、ここでは、いわゆるクラシック音楽のためのホール、コンサートホールを中心に整理をします。
●コンサートホール成立の背景~古代から近世の音楽事情
古代ギリシアの時代から今日に至るまで、音楽はそれぞれの時代によって異なった役割を担ってきました。
周知の通り有史以前の時代においては、宗教的な役割や祝祭的な役割を主に担ってきました。しかし、中世になると、時の領主が権力示威のために音楽を用いるということも少なくなかったようです。例えば、宮廷で催される祝祭の宴などでは支配者の権威をあらわす具体的な手段として音楽が用いられたようです。ただし、宮廷音楽家に求められたのは、舞踏や祝宴のための音楽を奏でる労働行為であり、決して芸術的な行為としては認められていませんでした。
その後、ルネサンス期の知識教育を経て、音楽はそれ自体が目的をもった芸術活動として認知されるようになってきます。また、音楽が教会と結びつくことは、さらに音楽のあり方を今日的に変化させていく要因となりました。もちろん当初は神に対する奉仕者としての音楽家の役割がそのすべてでしたが、時代とともに教会での演奏活動を都市のインフラとして公開することが義務づけられるようになってきます。音楽家は、その対価として財政的な支援を受ける事ができるようになり、職能としての認知がされるようになります。
さらに、今日のような会費をとる音楽演奏会が催されるようになるのは、17世紀になってからであり、18世紀になって初めて営利を目的としたコンサートが催されるようになってきました。我々は、この時代につくられた音楽のためのいくつかのホールに、今日のコンサートホールにつながる脈絡を見つけることができます。
●我が国のコンサートホールの歩み
我が国でつくられた最初のコンサートホールが、神奈川県立音楽堂(1954年・1331席)です。これに続いて61年には群馬音楽センター(2202席)がつくられました。しかし、何といっても今日の音楽専用ホールの流れをつくる先駆けとなったのは、81年につくられた中新田町文化会館・バッハホール(780席)です。これに続いて、熊本県立劇場・コンサートホールやザ・シンフォニーホールなどの音楽専用ホールが次々につくられるようになりました。その後、時代の経済的な後押しもあり、今日までに数多くのコンサートホールが全国各地に整備されました。
しかし、我が国の多くのコンサートホールが欧米のものと決定的に異なるのがレジデンシャルなオーケストラをもたないことです。96年に開館したすみだトリフォニーホールや札幌コンサートホールなどは、そういった中でもレジデンシャルなオーケストラをもつということで、最も欧米型のコンサートホールに近いものかもしれません。少なくとも、ハードのみ専用化ということではなく、活動や運営、そして組織も含めて音楽に特化していこうということは、当然評価されてしかるべきです。しかし、ことはまだ端緒についたばかりで、十分な評価をしていくには、もうしばらく時間が必要なように思います。
加えて、これからのホールでは、音楽作品の生産環境を如何に整えていくのか、地域文化としてホールをどのように根づかせていくのか、さらには音楽に関わる人材の育成を観客の育成も含めて如何に行っていくのかということも、切迫した課題となっています。
●コンサートホールの分類
コンサートホールの建築的な特色は、基本的に音楽を演奏するための舞台とそれを鑑賞するための客席とが同じ空間の中にあることです。これは、演劇を上演するためにつくられたプロセニアム形式の舞台と大きく異なる点です。
コンサートホールは、その平面形の特長から、前回説明した演劇のための劇場と同様に、いくつかのタイプに分類することができます。その分類方法と個々の呼称については研究者によって意見が分かれるところですが、一般的には右ページの図のように、シューボックス形式、アリーナ形式、扇型形式の大きく3つに分類されます。
●コンサートホールの分類図
●音響についての考え方
コンサートホールが、コンサートホールである所以は、ホールで奏でられる生音がどのような状態で聴衆の耳に届けられるかということに尽きるといっても過言ではありません。そこで問題とされるのが音響です。音響を図る尺度の一つがよく皆さんが耳にされる「残響時間」です。何秒と数字で示しやすいため、残響時間ばかりが取り上げられますが、近年、音響技術も発達し、コンサートホールに求められる建築音響の与件はもっと繊細化されるようになってきました。
ある建築音響の研究者は、「音楽の音響の質の主観的属性」について18項目の用語を定義しています。その中には、「親密感または臨場感」「残響感」「暖かさ」…「拡散」「バランス」「融合」…「騒音のないこと」「音色の質」「均一性」などが挙げられています。これらの内、いくつかの項目についてはデジタルに評価していこうという研究も行われてきています。残響時間だけを取り出して、ホールの特性として話題になることが多いですが、このことだけがホールの性能を評価する唯一の指標ではありません。まして、主観的属性としての残響感となると、デジタルな評価だけでは十分に補えない部分もあります。加えて、演奏される音楽の種類や楽器によっても評価が異なってきます。
録音や再生技術が飛躍的に進歩してきた今日では、ホールの音響的な特性ばかりを取り出す前に、観客が支払う対価に対して、ライブホールとしての魅力とその付加価値をどのようにして示していくのかが新たに求められるようになってきました。音響的な魅力もさることながら、視覚的な魅力、サービス、ホスピタリティ、あるいは食欲や物欲なども含めて、コンサートホールで観客が過ごす時間をトータルに満足のいくものとして演出していくことが望まれているのではないでしょうか。