一般社団法人 地域創造

「公立ホールの舞台技術に関する調査研究」番外企画

●専門委員からのメッセージ「ものをつくるための組織づくりを考えよう」

 

 いつも地域創造の調査研究事業にご協力いただき、ありがとうございます。本年度も「公立ホールの舞台技術に関する調査研究」「ホールにおける市民参加型事業に関する調査研究」の2つのテーマで専門委員を交えた委員会とアンケート調査・ヒアリング調査を実施し、現在、最終報告書の作成に向けて準備を進めているところです。今回は、報告書を身近に感じていただくための調査研究「番外企画」として、「公立ホールの舞台技術に関する調査研究」の専門委員としてご協力いただきました世田谷パブリックシアターの桑谷哲男さんに、調査研究についての感想やホールの技術職員としての歩みなどをうかがいました。

 

◎技術職員の現状にびっくり

 

――まずはアンケート結果の感想を。

 

 技術職員と事業担当を兼務しているようなレベルのホールが多いのにびっくりしました。それでいいと思っているところと僕らのようにものづくりをやるためにもっと先に進みたいと思っているところが同じレベルで議論するのはとても難しいと感じました。

 

 公共劇場だからその程度でいいとか、アマチュアが使うんだから技術もアマチュアでいいというのではなく、専門施設として必要なレベルというのがあるはず。例えば、病院は公立でも私立でも同じことをやってますよね。公立でも民間でも劇場である限り、劇場らしくすべきなのに、現状はとてもそこまでいっていないのがよくわかりました。

 

◎世田谷の試みと技術職員の役割

 

――世田谷パブリックシアターの技術部門ではどのような試みをされていますか。

 

 日本の公共ホールは貸館型で運営されてきた経緯があって、劇場をつくる時に建築物としての視察はするんですが、運営組織をきちんと勉強してこなかったところがあります。ものをつくるための劇場を目指した世田谷パブリックシアターでは、建築スペースの中に練習場や工房などの製作スペースをもつところから始めて、組織的にも少しでもものがつくれるように見直しました。

 

 その中でやれたことは、1つが芸術監督が置けたこと、2つ目が技術部門に音響、照明のプランナーが採用できたこと(技術職員をホールの安全管理をやるだけではなく、ものをつくる表現者だと認めさせたこと)、3つ目が財団職員と委託職員を同じシステムで仕事ができるようにしたことです。世田谷の技術部は委託も含めると全部で19名になりますが、全員が安全管理はもちろん、オペレーションやワークショップの講師、依頼されればプランニングなどの表現活動をやります。

 

 それと公共劇場として人を育てて民間に補充するぐらいのことはやるべきだ、というのでインターンの受け入れや講座など技術スタッフの育成をはじめました。現状の技術教育では操作(術)を学ぶ専門学校と理論(芸)を学ぶ大学が分かれているので、両者を繋ぐような研修ができればと考えています。

 

――技術職員の劇場における役割とはどのようなものだと考えていらっしゃいますか。

 

 車とドライバーとの関係に似てると思います。ドライバーがいないと車が動かないように、技術スタッフなしで劇場は機能しません。僕はよく劇場を病院にたとえるんですが、病院はハコで評価されるのではなくて、腕のいい医者や腕のいいスタッフがいるかどうかで評価されるわけです。劇場も同じで、最新の機器が揃っていても腕のいいスタッフがいなければ役に立たない。どう運営するのかという志とそこで表現されるものと技術の三位一体が劇場には必要不可欠なんです。

 

◎照明家への道~桑谷さんの場合

 

――桑谷さんが照明家を志したきっかけと歩みを聞かせていただけますか?

 

 子どもの頃に学校回りの演劇公演がたくさんあって、その照明がすごくきれいだったんです。ただの白い幕を明かりひとつで夕焼けや青空に変えられる照明に、とても憧れました。それで大学に入る時に学校の先生か照明家になろうと思って、結局、日大芸術学部の舞台美術コースに進みました。

 

 プロの照明家としてのデビューは学生時代にやった日生劇場のモスクワ芸術座公演です。どうしても公演を見たくて、当時、日生の照明をされていた沢田祐二さんのところにおしかけてスタッフに雇って貰ってギャラをもらいながら裏から見た(笑)。僕は学生だろうと何だろうと、プロになるために勉強してるんだからプロの端くれだと思っていて、自分をアマチュアだと思ったことがない。だからいきなりモスクワ芸術座でも全然平気でした。

 

 プランナー志望だったんで、卒業してもオペレーターとして就職する気はありませんでした。大学闘争が終わって精神的に打ちひしがれていた時に、六本木の地下で公演をしていた自由劇場と出会い、そこで4年間、無報酬で照明の勉強をしました。その後、黒テントに照明プランナーとして参加しましたが、プロのプランナーたるものフリーでいるべきだという美意識があったので(笑)、劇団員にはなりませんでしたね。

 

◎課題はものをつくるための組織づくり

 

――公共ホールの最初の印象は?

 

 公演に同行して地方に行く機会も多かったのですが、どこのホールも似たり寄ったりで劇場としての魅力がないなあと思ってましたね。技術スタッフに何か頼むと「ダメだ、やらせない」としか言わないし。だから、長野県県民文化会館のスタッフを引き受ける時に、劇場らしい劇場になるよう努力しようと思いました。プランナーも東京の技術スタッフと対等にやりとりができるオペレーターもいなかったので、僕の技術を伝えるところからはじめましたが、行政の管理部門の人たちに僕ら技術スタッフの仕事を理解してもらうのに一番時間がかかった(笑)。

 

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――公共ホールの運営システムづくりについて、アドバイスがあれば聞かせてください。
 
 世田谷パブリックシアターでも、結局、ものをつくるための要、カンパニーをもってくることはできませんでした。これが相変わらず劇場の中から大きく欠けているのは何とかならないものでしょうか。日本の劇場が貸館と創作の両方のシステムを持たざるを得ないからだと思いますが、これだけ各地に公共ホールができているんですから、そこにいろいろな付属カンパニーがあって多彩な活動をやるようになってもいいころです。

 

 公共ホールがものづくりをはじめたにもかかわらず、公会堂、公民館、文化会館から芸術劇場に名称が変わっただけ。組織と人数はそのままで、貸館(不動産屋)をやって利益を上げるシステムからちっとも変わっていない。その代わりといっては何ですが、行政は劇場のプロとしての要求もしてこないというか。僕たちは劇場のプロなのに、弁護士や医者のようなカリキュラムもなければ、プロとして毎日、鍛錬することを求められるシステムにもなっていない。だから最後は感性と個性に頼るみたいな、アマチュアなところにいってしまう。

 

 ですからこれからの課題は、ものづくりにふさわしい組織づくりということに尽きます。技術部門がどうかとか、プロデューサーがどうかとか、部分的に取り出して議論する前に、館長の職能・責任権限から議論するような全体的な見直しをやらないといけないんじゃないでしょうか。これからは公共劇場が演劇シーンをつくる時代が必ず来ます。そのためにもものをつくる組織とはどういうものかを問い直すべきだと思います。

 

●桑谷哲男プロフィール
1946年生まれ。照明プランナー。世田谷パブリックシアター テクニカルマネージャー。日本大学芸術学部演劇科卒業。大学在学中から日生劇場で吉井澄雄、沢田祐二に師事。82年より長野県県民文化会館照明チーフ、92年より世田谷区「文化・生活情報センター」(現・世田谷パブリックシアター)の専門調査員を経て、現職。代表作:佐藤信作・演出『キネマと怪人』『ブランキ殺し上海の春』など劇団「黒色テント68/71」の一連の話題作。

 

●「公立ホールの舞台技術に関する調査研究」
公立ホールにおける舞台技術部門の現状と課題を整理し、ホール運営上、望まれる技術部の管理、運営システムのあり方についての検討を行った。
[調査コーディネーター]草加叔也(劇場コンサルタント)
[専門委員(五十音順)]大野晃(神奈川県民ホール館長)、桑谷哲男(世田谷パブリックシアター テクニカルマネージャー)、端洋一(滋賀県立八日市文化芸術会館主任技師)、平田尚文(岡谷市カノラホール館長)、真野幸明(愛知県舞台設備管理事業協同組合理事)
[ヒアリング調査]北海道文化財団、盛岡市文化振興事業団、會津風雅堂、喜多方プラザ文化センター、富山県教育文化会館、広島市文化創造・中区民文化センター

 

●調査研究に関する問い合わせ
芸術環境部調査担当 御園生和彦
Tel. 03-5573-4069 Fax. 03-5573-4060

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