1991年の開館以来、「地域の美術館」として教育普及活動に力を入れてきた平塚市美術館。今秋開催された展覧会「幻想植物園展・アートが表現する植物の生命力」に合わせて興味深い企画が行われると聞いて、取材にうかがった。その企画とは、ワークショップ クラブ「参加する美術館ー展覧会『幻想植物園』のバックステージ」。公募により集まった市民が、学芸員と一緒に企画展の準備を行い、美術館の裏側を体験するというものだ。メンバーは40代~60代の主婦を中心に約40人。6月以来、毎週1、2回集まり、学芸員や出品作家、デザイナー、施工業者などのレクチャーを受けながら、第1部「植物のかたちと色」の展示資料の制作・展示を担当し、関連したワークショップも企画しているという。
「美術館側は、メンバーと相談して計画を立て、あとはメンバーに任せています」という学芸員の端山聡子さん。第1部は、「一枚の葉っぱから現代アートまで」という展覧会のコンセプトを表す、大切な導入部。その「葉っぱ」をどのように展示するか?「押し葉」や、シリカゲルによる乾燥などいろいろ試した結果、「透かし葉」に決定。「透かし葉」とは、葉肉の部分を薬品で腐食させ、ブラシなどでこすりとり、葉脈の部分だけを残したものだ。別名「葉脈標本」とも言う。透かし葉づくりを中心になって進めた烏脇信雄さんは、「図書館に通って調べたり、詳しい人に教えてもらったり、試行錯誤でしたよ。1500~1600枚はつくったかな」。
その透かし葉たちが、和紙に美しくレイアウトされて展示されている。「こんなにきれいにできるんだから」と、会期中に透かし葉づくりのワークショップも行うことになった。12月1日、ワークショップ当日。「もっと思いっきりこすっちゃって大丈夫ですよ!」。私が飛び入りで参加し、恐る恐るブラシを使っていたら、烏脇さんが実に慣れた手つきで見本を見せてくれた。
第1部の展示のほかにも、第3部の現代アート作品の仕込みやメンテナンス、来館者へのインタビューなどメンバーのアイデアを盛り込みながらさまざまな活動が展開された。メンバーの一人、山岸八千代さんは「自分たちが主体的に動けるのが面白くて。必死で勉強するので、すごく実になります」。
こうした企画を実現するには、美術館スタッフの側にかなりの柔軟性とコーディネート力が求められる。端山さんは、大学卒業後、美術館の準備室に入って以来、教育普及活動を担当し、数々のワークショップを手がけてきた。当初は、「間口を広げる」ため作家や外部講師を招きさまざまな短期のワークショップを行っていたが、やがて、より参加者の主体性を意識した中長期のワークショップをも開催するようになる。長期間参加者とつきあうことで、「一人一人の変化がよく分かる。その人の能力をいかに生かせるか、じっくり考えられるんです」。そうしたコーディネーターとしての視点と経験が、今回の企画を支えている。展覧会を担当するのは実は今回が初めてという端山さん。ワークショップでの会話などから「最近、美術館への関心が高まっているのをひしひしと感じていました。そこで、これまでの教育普及活動の集大成の意味も兼ねて、展覧会が立ち上がる過程そのものに参加してもらおうと考えたんです」。
いかに地域の人の能力や興味を美術館活動に生かすか。「専門家の領域」という壁をつくりがちな美術館にあって、この教育普及活動の方向性はとても新鮮に感じられる。道路を挟んで向かい側には、「石仏を調べる会」「漂流物を拾う会」など、市民と一緒に調査研究活動を行う博物館として実績のある平塚市博物館がある。準備室時代から、端山さんは博物館の活動をよく覗いていたそうだ。「採集、データ分析など専門的な部分まで含め、博物館活動を市民と共有する、という活動に興味をもちました。そのまま美術館に応用することはできませんが、美術館の活動をどのように市民と共有していくか、いつも大きなテーマですね」。こうした視点は、地域の美術館にあって今後ますます重要になってくるに違いない。
(宮地俊江)
●「幻想植物園」展ーアートが表現する植物の生命力
[日程]98年10月17日~12月13日
[会場]平塚市美術館
[展示構成]第1部では、「透かし葉」や平塚の植物から染めた染色糸など身近な「植物のかたちと色」を展示。第2部「素材から表現へ」では、植物を素材、モチーフとした工芸品、染織品を展示。第3部では、6人の現代美術作家の作品を展示。出品作家は、草間彌生、荒木経惟、関島寿子、池田久嗣、岩崎永人、銅金裕司。
地域創造レター 今月のレポート
1999年1月号--No.45