新年あけましておめでとうございます。
1999年1月1日 財団法人地域創造
理事長あいさつ
◆昨年の2月に着任して、約1年が過ぎました。この間、財団が行っている事業を一参加者として体験したり、地域の方々、有識者の方々と意見交換をしたり、いろいろと勉強させていただきました。私にとって芸術文化は未知の分野だったこともあり、すべてが新しい経験でとても刺激的でした。設立準備の時から、人材育成がこの財団の大きな仕事になるだろうと思っていましたが、ステージラボの講師陣や受講生の問題意識をもった取り組みをみていて、大きな成果を上げているのがよくわかりました。文化の世界、芸術の世界で仕事をやりやすくするためには、顔見知りになることが必須です。財団の事業を通じて、地域を越えてこうした顔見知りが増え、非常な潤滑油になっているなあという思いを強くしました。創設以来、がんばってくれた職員に感謝するとともに、ご協力をいただいた方々に心よりお礼申しあげます。
◆皆さんとお話をする中で最も印象に残ったのが、私が想像していた以上に、芸術文化を楽しむためのソフト面の基礎ができていないのではないかということです。クラシックの演奏家の方にお会いした時に「私はピアノ曲の聴き方がわからない」と言われたのには驚きました。日本には音楽をどのように聴けばいいかを教える鑑賞教育がないので、自分のカンで聴くしかないと言われるわけです。こういうお話をうかがうと、地域の方々が音楽を楽めるようになるためには、ただ単に演奏会を提供するだけではなく、その前段階から考える必要があると痛感しました。当財団として取り組めることには自ずと限界がありますが、今年度から新しく試みている「公共ホール音楽活性化事業」のように、プレイヤーの方がここをこういう風に聴いてくださいと住民に語りかけるような、音楽を聴くための基礎をつくる事業を今後も続けていきたいと思っています。
◆勝ち負けのはっきりしているスポーツと違い、個人の感性に働きかける芸術文化は人によって評価が異なり、結果が出ない分伝わりにくいところがあります。こうした芸術文化の普及を考えるためには、感性のレベルで話す前に、観客や聴衆が共通してもつべき鑑賞の基礎をつくることから始めるということではないでしょうか。そこをレベルアップしていくことが、我々の仕事の方向性としてあるのかなあと考えているところです。この不況下で地方財政も苦しく、財団としては地域の活動をトータルにカバーしていかなければなりませんが、こうした教育普及活動も念頭に入れながら活動してまいりたいと思っております。
◆着任早々のご挨拶でも申しあげましたが、芸術もスポーツも基本は同じで「感動する」ということではないでしょうか。感動するということは、自分の感覚に非常に素直になれるということで、これは人間形成の基礎です。こういう「感動できる力」をもった感性豊かな人間こそ、価値観の多様化に対応できる21世紀を担う人材として、とても大切になってくると思います。行政とか施策とか言っても、基本はすべて人です。人を得ないと飛躍的な発展はありえません。それを考えると、感動できる力を養うこれからの文化行政は、福祉や環境と並ぶ重要な行政になることは間違いありません。九州の方言に「いのちき」という言葉があります。これは、生きるためには他の動物の命を削るのも致し方ないという、生活することの厳しさを表現したものです。こういう言葉があるほど、かつての生活は厳しいものでしたが、高度成長を経て、豊かになった日本では「感動する」ことをベースにしたもっと豊かな社会が実現できるようになりました。日本のどこにいても感動と出会える地域づくりのために、皆さんとともに歩んでいきたいものです。
◆今年、地域創造は5周年という区切りを迎えます。施設面ではかなり地域的な広がりが生まれてきており、これからはソフト面のベースを全体的に上げていく時期にきているのではないかと思っています。これまでの事業を踏まえながら、気が付いたことを少しずつやっていきたいと、担当者が脳に汗して企画を練っているところです。新しい事業としては、市町村の美術館・博物館を対象にした活性化事業や公共ホール4館による共同演劇創作事業、また静岡で行われる「シアター・オリンピックス」にもご協力をさせていただきたいと考えています。各地域の首長におかれましては、こうした芸術文化による地域づくりの重要性をご理解いただき、地域の推進役としてさらなるご活躍をお願いしたいと思っております。微力ではありますが、職員一同、できる限りのご協力をさせていただきます。本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
(聞き手・坪池栄子)
●遠藤安彦(えんどう・やすひこ)
昭和15年(1940年)生まれ。中学時代はバスケット、大学時代はゴルフとスポーツ好き。「昨年、プライベートでミラノ・スカラ座を訪れ、初めて2階のボックス席から見学したらステージがとても見づらい。でもお忍びデートの場所だと説明されて納得しました(笑)」とのこと。「音楽でも演劇でもスポーツでも何でもいい。要は感動と出会うチャンスをできるだけ持てる地域づくりが必要」と言われる理事長に、昨年一番の感動は何ですかと訊ねたら、「びわ湖ホールで観たオペラ『フェドーラ』の終幕場面」と答えてくださいました。
◎1998年1月に自治省事務次官を退官、2月1日に財団法人地域創造理事長就任。