一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.4 美術編③ 展覧会の仕組み

講師 村田真(美術ジャーナリスト)

 

 

●いかにして企画展はつくられるのか

 

  美術館はコレクションから始まった、と前回述べた。つまり、コレクションを展示・公開することが美術館の原点だということだ。しかし、いつ行っても同じ作品しか見られなければ次第に飽きられてしまう。そこで、コレクションの常設展示だけでなく、あるテーマのもとに作品を集める企画展示が行われるようになった。特に、コレクションの量・質ともに乏しい日本では、内外から作品を借りて企画展を開かなければ、美術館として体をなさないという事情もある。そのため近年では、初めから常設展示室と企画展示室を分けている美術館が多い。

 

では、企画展はどのように組み立てられるのか、時間軸に沿って述べよう。

 

  まずはテーマの設定である。これは、館の方針および予算から逸脱しない限り、原則として学芸員ないし館長の自由裁量に委ねられるべきものだ。館の方針とは、その美術館を特徴づける専門分野や地域性のこと。西洋美術館なら西洋美術、写真美術館なら写真や映像をテーマにするはずだし(ただし、活性化のためにあえて逸脱することも時に必要かもしれないが)、また地方公立美術館であれば、その地域に関連したテーマのほうが望ましいということだ。そうした大まかな範囲内で、いかに独自の企画展を組み立てられるかが学芸員の腕の見せどころとなる。

 

 テーマが決まれば、展覧会名や内容を詰めて企画会議にかけ、OKが出ればそこからスタートだ。出品リストをつくり、所在を調べて出品交渉し、契約を済ませ、展示プランを考え、作品を集荷して会場を設営……といった作業が続く(図参照)。

 

 

●美術館同士の共同企画

 

 しかし、せっかくいい企画を立てても、単館だけで大きな企画展を打つのは難しい。そこで共同企画という方法が出てくる。これには大きく分けて、1)複数の美術館との共同企画、2)新聞社やテレビ局との共催などがあり、さらに1)+2)の方式もよく見られる。

 

1)は、同じような傾向の美術館、あるいは似たような問題意識をもつ学芸員が協力して1つの展覧会を組織し、それぞれの美術館を巡回する方式。例えば、豊田市美術館から始まって、川村記念美術館、水戸芸術館を巡回中の「なぜ、これがアートなの?」展がいい例だ。この3館はともに現代美術を中心とした活動を行い、鑑賞教室に関心の高い学芸員もいるため、相互にコレクションとコネクションを提供するかたちで共同企画が実現した。

 

  ちょっと異色なのは、昨年から今年にかけて国立民族博物館と世田谷美術館を巡回した「異文化へのまなざし」展である。これは、国立と区立、博物館と美術館、民族学と美術といった違いを超えて、共通する問題意識をもつ学芸員が協力し合った学際的な試みで、こうしたユニークな企画展は美術界を活性化させてくれる。ちなみに同展にはこの2館のほか、産経新聞社とNHKが主催に名を連ねている。

 

 

●なぜマスコミが関わるのか?

 

2)のマスコミ関連企業との共催は、日本独自のシステムといっていい。もともと新聞社が展覧会事業に関わるようになったのは、戦後まだ美術館の数も予算も少なかった時代。海外とのパイプと国内への宣伝力を武器に、国民の啓蒙と自社の文化的イメージアップを狙って、美術館やデパートの催事場で展覧会を催してきたという経緯がある。しかし美術館が増えるにつれ、学芸員の数も能力も飛躍的に伸びてきたため、少なくとも実務面では新聞社の手を借りなくても済むようになった。にもかかわらず近年では、新聞社ばかりかより国民への影響力の大きいテレビ局まで参入してきている。

 

 マスコミとの共催方法は力関係で決まる。すなわち、新聞社やテレビ局がカネを出して主導権を握れば、美術館は単なる貸し会場になるし、美術館の独自企画にマスコミが乗れば、主に宣伝広報の面で協力することになる。この関係は美術館ごと展覧会ごとに異なるが、極端な例が国立美術館である。国立美術館と共催事業を行う時、予算のほとんどは企業が出し、入場料から普段の常設展料金を引いた額(×入場者数)と、カタログやグッズ類の売り上げが企業に入る。残った常設展料金は、美術館を素通りして国庫に入るという仕組みだ。

 

  いずれにしても、マスコミ関連企業が展覧会に関わることの最大のメリットは、観客の大量動員が見込まれるということである。反面、デメリットも少なくない。ひとつは、ジャーナリズム本来の機能である公正中立な報道や批評が成り立たなくなる、という危険性だ。実際、自社の主催する展覧会だけは大きく扱い、他社のものは小さく、または無視するといった事態がしばしば見受けられる。

 

 もうひとつは、新聞社もテレビ局も企業である以上、いくら文化事業といえども収益は出したい。その結果、質は高くても商業ベースに乗りそうにない企画より、大量動員の見込めそうな人気作家展に偏りがちになる。デパートで行うならいざしらず、これでは学芸員の立場がない。にもかかわらず文句を言えないのは、美術館側の予算が少ないことに加え、「人の入る企画をせよ」というお達しがあるからだ。

 

 一方マスコミ以外にも、メセナが定着し始めた1990年前後から、一般企業が展覧会に関わるようになってきた。だが、こうした企業の多くは展覧会事業のノウハウをもたず、カネや技術を提供するだけなので、主催に名を連ねることはなく、協力か協賛というかたちを採っている。

 

 さて、この1)と2)をつなぐ組織として、最後に美術館連絡協議会(美連協)についてふれておきたい。これは、読売新聞社が中心となって運営し、全国の公立美術館(現在約100館が加盟)が協力して82年に発足した団体。花王株式会社が協賛し、展覧会の共同企画や巡回展などを行うほか、学芸員の研修助成にも力を注いでいる。具体的には、ある美術館が企画したものを美連協が吸い上げ、そこで予算や日程などを調整して、巡回を希望する加盟館に回していくという方法だ。美術館の全国的なネットワークをつくり、各館の企画をすくい上げるという点では、確かに美連協は重要な役割を担っている。

 

  しかし、こうして美連協を通した展覧会には、主催に当の美術館のほか美連協および読売新聞社が名を連ね、協賛に花王の名が入ることになる。ちなみに98年度の美連協主催の巡回展を見ると、「少女まんがの世界展」「ボイマンス美術館展」「フランス現代美術展」など34企画もあった。地理的に不利な地方公立美術館にとって、美連協は願ってもない“互助組合”といえる。だが、それをマスコミ関連の私企業が仕切っているという現状が、逆に日本の文化行政の貧しさを物語っていないだろうか。

 

 

●主要参考文献
「芸術経営学講座1 美術編」東海大学出版会/「現代美術館学」昭和堂

 

 

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