クラシックが変わる、地域が変わる
沢崎恵美×津村卓
財団法人地域創造では、本年度から新規事業として「公共ホール音楽活性化事業」への取り組みを始めました。この事業の主旨は大きく3つあります。1つが公共ホールの職員にクラシック事業を企画する機会を提供する、2つ目が才能のある新進アーティストに活躍の場を提供する、3つ目がアクティビティとよばれるミニ・コンサートやワークショップなどを行い、アーティストと地域の人々との交流を図る、というものです。今回は、公共ホール音楽活性化事業スペシャルとして、紙上対談を企画いたしました。参加ご希望のホールには詳しい資料をお送りしますので、お問い合わせください。
前号のレターでもお知らせしたとおり、現在、「公共ホール音楽活性化事業」の次年度参加ホールの募集を行っています。今回は、事業に協力していただくアーティストの代表として、声楽家の沢崎恵美さんにおいでいただき、実際に事業に参加しての感想や抱負を伺いました。聞き役は財団チーフディレクターの津村卓です。
◎背景がわかると聴き方も変わる
津村●この事業についてどのようにお知りになりましたか?
沢崎●事務所の方からお話をいただきました。公共ホールの職員の方と一緒に企画を立てて、地域の人たちと交流する事業があって、アーティストとして応募しておいたから、自分として考えられるプランを出してほしいと。
津村●どんなプランを出されたのですか?
沢崎●私の専門は日本の歌曲で、今、野口雨情について勉強しています。それで、ただ童謡を歌うだけでなく、作詞をした背景や中山晋平さんとの親交などについて語りながら「しゃぼん玉」や「七つの子」などを歌うというプランを出しました。
2年ほど中学の非常勤講師を務めたことがあるのですが、最近の子どもに教科書に載っているような昔の歌を歌わせても、エーッて感じで。「花の町」という曲を教材で取り上げた時にも、「こんなダサイの歌いたくない」と言われたので、曲の背景を説明したんです。「美しかった町が原爆で一瞬にして灰になり、家族も友だちも死んだ。でもここで希望を捨てないで、またこの町に花が咲くようにしようよ」という歌なのよって。そうしたら、子どもの中で何かがはじけて、彼らはその歌が大好きになって、気持ちを込めて歌えるようになりました。聴きに来てくださるお客様も同じで、歌の背景がわかると聴き方が随分、変わってくるのではないでしょうか。
◎アーティストの人柄にふれる
津村●クラシックはとても堅苦しいイメージがありますよね。演奏家も怖そう(笑)ですし。
沢崎●そんなことはないんですが。この前、今年の「音楽活性化事業」で呼んでいただくことになった北海道の新冠町に打ち合わせに伺った時に、「近寄りがたいイメージがある」と言われましたね。通常はマネージャーが間に入るので、ホールの方とお話する機会がほとんどありませんでしょ。実はオチャラけた人が多いのですが、そういう人柄をわかっていただく機会がほとんどなくて。
津村●クラシックは高級で知的で、わからない人は相手にしなくてもいい、みたいな売り方をしていた時期がありましたから。
沢崎●今でもそういう考え方の人はいらっしゃるんじゃないでしょうか。私は両方あると思います。歌のお姉さんではないので、お客様が喜ぶから何でも歌えばいいとは思いませんが、お客様との距離が少しでも縮むよう努力すべきだと思っています。例えば、ミュージカルですが、私も好きでよく観に行きます。ミュージカルはミュージカルでとっても素晴らしい。でも、声楽家の立場から言うと、ああいうマイクを通した声ではなく、それとは違った生の声の魅力が絶対にあると思っています。それぞれのもっている良さで勝負すればいいのですが、クラシックは固いというイメージがあるため、一般の方にはなかなか聴いていただけない。ちょっといい曲だから聴いてみたいとか、お客様に気軽に興味をもっていただけるようにしていかないと、聴衆も育たないし、これからのクラシックはダメなんじゃないかと思っています。
津村●子どもの頃からずっと訓練を積まないとクラシックの演奏家にはなれないので、僕らみたいな雑な人間からみると、特別な環境に育ったお嬢様がやっていて口もきいてもらえない、と思ってた時期もあります。でも「仲道郁代音楽学校」でピアニストの仲道さんとお付き合いさせていただいて、なあんだ大丈夫だって(笑)。
結構、サービス精神が豊かというか、話すの大好きですよね。そういう演奏家の人柄に触れる機会が増えれば、クラシックファンももっと増えると思いますよ。
沢崎●そうですね。ケンカだってしますし。ウチなんか声楽家同士で結婚しているので、ケンカをするととってもうるさいんです。ふたりともノドを痛めないように、妙に正しい発声でお腹から声を出して「ど~してそんなこというの~♪♪」(笑)なんて。中には本当にクラシック一筋でほかのことは一切、目に入らないタイプの方もいらっしゃいますけどね。
◎アクティビティで広がる人間関係
津村●今年の「音楽活性化事業」では、沢崎さんに4地域に出かけていただくことになっていますが、実際に地域に行かれて打ち合わせをされた感想はいかがですか?
沢崎●先ほどの新冠をはじめ、香川県三木町、長崎県大島町、広島県瀬戸田町にうかがいます。ホールの方と話をしていて、皆さんが自分たちの暮らしている地域のことを本当に愛していらっしゃるのがよく伝わってきました。皆さんが一生懸命につくられた企画書を見せていただくと、この機会にあれもこれもやってほしいというのが溢れていて、「ウーン、無茶させるなあ」(笑)ってところもあるんですが。その辺は正直にお話ししながら、一緒に考えさせていただいています。
出身地域でもない限り、ホールの方とやりとりしたり、地域の方と交流するということってないんですね。歌だけ歌って帰るのは、声楽家としては楽ですが、今回のような人の広がりはもてない。この広がりが次につながる可能性もありますし、私としてはこういう機会を与えていただいて、とても感謝しています。
◎音楽で生活するための第一歩
津村●沢崎さんは、年間どのくらい、声楽家として活動されていますか?
沢崎●年によってかなりばらつきがありますが、多い時で月に3回ぐらいですか。小さなステージではほとんど毎週末歌っています。それと、自分たちが持ち出しで企画するものが年間5回ぐらいあります。
大きな公演に出演できる演奏家や声楽家は限られてますから、自分たちでこれからどういうものをやっていきたいかを企画しながら場をつくっていかないと、なかなか歌うチャンスがない。私の地元は横浜のはずれなんですが、そこにある公共ホールで年に2回、クリスマスのオペラ・ハイライトやミュージカルを企画しています。若手の演奏家や地元のバレエ団がボランティアで協力してくださいます。
津村●例えば、自分が拠点にできるホールがあれば、演奏家としての活動や聴衆育成に取り組みやすくなると思いますか?
沢崎●ええ。全然違ってくると思います。たとえ年に1回でも、シリーズでやれるのとそうでないのとでは大変な差です。地域の人との交流でも、その場限りではなく、次に向けての積み重ねがつくれるようになります。
津村●今回の事業で僕が一番期待しているのは、これまでアーティストと直接交流した体験のないホール職員や地域の人たちが、その壁を破ることで、地域のホールが何をやるべきかを考えるきっかけになればということです。それで、5年、10年かけて、自分たちの町や村で若いアーティストの一人ぐらい育ててやろうという気概が生まれるところまでいければ、最高なんですが。
沢崎●私は、自分が今まで勉強してきたことを皆さんがどう聴いてくださるんだろうか、というのを楽しみにしています。それともう一つ、音楽や芸術を専門としている人たちが、それで生活していけるような環境をつくる第一歩になればと思っています。
津村●そうですね。そのためにも、沢崎さんのような、アクティビティの重要性について理解されている演奏家が、増えてくる必要があるのではないでしょうか。
●平成11年度「公共ホール音楽活性化事業」概要
[主催]地方公共団体、公益法人(都道府県・政令市及びそれらが関わる公益法人は除く)
[共催]財団法人地域創造
[制作協力](社)日本クラシック音楽マネジメント協会
[実施時期]1999年8月頃~2000年3月
[実施会場]地域の公共ホール等
[演奏者]協力アーティストのうち、ソロから数名程度のアンサンブルまで
[支援措置]演奏家の出演料、交通費等及び関連事業、研修会開催に係る経費の一部を地域創造が負担します。
[申込締切]11月27日
●コーディネーター
児玉真(カザルスホール・チーフプロデューサー)/箕口一美(カザルスホール・プロデューサー)/能祖將夫(青山劇場・青山円形劇場演劇プロデューサー)/室住素子(オルガニスト・杉原音楽教育研究所所長)/吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所主任研究員)/最上紀男(元・盛岡市文化振興事業団・事業担当プロデューサー)/津村卓(財団法人地域創造チーフディレクター)
●協力アーティスト
ピアノ(川井綾子、竹村浄子、朴久玲、中道リサ、高橋多佳子、大島妙子)/ヴァイオリン(高木和弘、田中晶子、白石禮子、川口ヱリサ)/ハープ(山崎祐介)/トランペット(辻本憲一)/フルート(岩間丈正)/声楽・ソプラノ(須藤由里、沢崎恵美、竹村佳子)・メゾ・ソプラノ(河野めぐみ)・テノール(中鉢聡、久住庄一郎)
●問い合わせ・資料請求先
財団法人地域創造芸術環境部 鈴田博之・海野一郎
Tel.03-5573-4064 Fax.03-5573-4060