フリージャズの演奏や作曲ワークショップに痺れた4日間
ワールドカップ一色の巷に別れを告げて、緑も爽やかな初夏の札幌を舞台に開かれた今回のステージラボ。会場となったのは東京ドームの12倍の敷地をもつ緑豊かな「札幌芸術の森」アートホールで、夕闇迫る森をバックに、絵本とフリージャズ演奏を組み合わせたロビーコンサートが催されるなど、時の経つのを忘れる一幕もありました。ご協力をいただきました皆さま、本当にどうもありがとうございました。
●絵本でライブの魅力を再発見
今回のラボで際立っていたのが、演劇コースで能祖將夫さん(こどもの城プロデューサー)がコーディネートした「絵本」を使った研修プログラムです。前述のロビーコンサートは、普段は本として親しんでいる「絵本」をスクリーンにスライドで上映しながら朗読とフリージャズピアノ付きでライブ上演するというもので、まるで短編映画か一幕芝居を見ているような感覚に襲われ、会場は驚くほどの一体感、臨場感に包まれました。
このほか、詩人の木坂涼さんによるワークショップ「ものがたりを組み立てよう」では、木坂さんの用意した5枚の絵にオリジナルの絵を書き加え、自由に並べ替えて物語りをつくるという即席絵本づくりに挑戦。みんな四苦八苦しながらもグループごとにバラエティに富んだ絵本を完成。絵と言葉から広がるイメージの豊かさを体験しました。
●作曲ワークショップで目からウロコ
今回の音楽コースで目玉になっていたのが坪能克裕さん(越谷市民ホール芸術監督)の指導です。作曲家であり、学校の先生を対象にした音楽ワークショップを各地で行っている坪能さんの指導が短時間ながら受けられるというので、参加者一同、大変楽しみにしていました。「セレモニー」と題したワークショップは、室内の照明を落とした薄暗い中で行われました。ピアノのドローンに合わせて参加者がゆっくりとすり足で会場を歩き回ります。途中、出会った人と名前を呼び合い(全員「しん」「ゆうこ」などの名札を胸に付けています)、挨拶をするのですが、即興で高低をつけながら呼び合う声が重奏して、何とも荘厳な宗教音楽のように聞こえてきます。「会って名前を呼ぶと自ずと表情が付いてくる。ドローンをもらって即興で表現しているうちにドローンの音程やリズムに合わせたり、はずしたりできるようになり、だんだんルールが整理されてきます。これは僕が1970年につくった作品で、誰にでもできるし、すべてシアターピースとして成り立ちます」と坪能さん。このほか、単純なリズムでもちょっとしたメロディーでも何でもいいから曲を構成するピースが2つあれば、その組み合わせで作曲できるという方法を実践したり。難しいと思っていたクラシックが魔法のように身近になりました。
また、かつて学校回りをした経験を元にクラシックの普及事業(こう呼ぶと学校での音楽教室のことをイメージするため、ホールに人を呼ぶという意味で誘致事業と呼んでいらっしゃいました)について絶妙の話術でお話くださった茂木さんなど。目からウロコが落ちるようなカリキュラムが続きました。
●ディベートで模擬議会答弁?!
マネージャーコースでは「芸術振興派VS地域振興派」「貸館派VS自主事業派」など、日頃の自分の立場とは関わりなくグループ分けされたメンバーが、屁理屈や正論、思わず出てしまった本音を交えて、喧々囂々のディベートを繰り広げました。「議会答弁のつもりで発表してください」というコーディネーターに「はい、議長」と応じるなど手慣れたもの。
「自主事業を行うと赤字覚悟になる。赤字覚悟の根拠はどこにあるのか」と貸館派が追求すれば、「文化政策は行政の本来業務だ。行政の役目としてそこにお金をかけるのは当たり前。最小費用で最大効果を上げるべきだが、赤字云々で議論するのは間違いだ」と切り返すなど、4日間で公立ホールをめぐる論点は出尽くしたのではないでしょうか。
このほか、舞台研究会「うらかた」という市民ボランティアの導入、協議会への自主事業の委託、年末年始以外の休館日の廃止など16年前の開館当時から「ホールをつくる限りは閑古鳥を鳴かせるな」という基本方針の下、できる限りの工夫をしてホール運営を行ってきた喜多方プラザ文化センターの館長を招いたホール入門コースなど、若い職員には刺激的なラボとなりました。
◎演奏家の立場から普及的事業を考える ~ 茂木大輔(NHK交響楽団首席オーボエ奏者)
我々演奏家には、音楽教室は必要なものだけどギャラは安い(笑)という暗黙の了解があります。朝、集合するまでどこで演奏するかわからない、1日何カ所も移動するなど労働条件は劣悪ですし、安いのでたくさんのステージをこなさなければならない。必然的に長期のスケジュールが押さえられる人しかやれない(つまりこれで食べている専門楽団しかやれないということ)。僕も学生時代にアルバイトでよくやりましたが、学生にはいい勉強の場だと思います。ただ演奏家の立場からすると音教セットという同じプログラムを繰り返しやらされる、1日3回本番があるなど、定期演奏会に臨む時とは自ずと態度が違ってきます。楽器説明をした後、何でもいいから1曲吹くというパターンで演出的な工夫があるわけでもなく、気の利いた司会者がいるわけでもありません。こども達はそれでも喜んでくれますが、演奏家の好奇心、演奏に向かう新鮮な気持ちや意欲は長い間やっている間に欠けてきます。正直なところ普及事業といいながら、いいスタッフ、いい演奏家を揃え、きちんと企画された音楽会はなかなか開かれていないのが現状だと思います。それで自分なりに企画したのが、昨年、三鷹市芸術文化センターで開いた「オーケストラ人間的楽器学」という音楽会です。オーケストラをやっていて演奏家の人間性が担当する楽器ごとに似てるのに気付いて、エッセイを書いたんですが、それをベースにして楽器奏者の人間性を前面に出した「題名のない音楽会」のようなものをやると面白いんじゃないかと。それで1晩4~5楽器を紹介しようと曲目リストをつくったら1楽器20分程度で深い突っ込み方ができない。まして人間性を出すとなるとますますおざなりになる・・・。いろいろ検討して1晩に2つの楽器を紹介する案に落ち着きました。
聴衆層の開拓を目指した演奏会はたくさんありますがあまりにもオイデオイデをしすぎるんじゃないでしょうか。好奇心から物事に入っていくということがありますが、クラシックの演奏会にもそういうやり方があっていい。「なるほどなー。こうなっているのか」と知的好奇心を満足させるような演奏会があれば、オーケストラはもっと面白いものになると思います。
●コーディネーター
○ホールマネージャーコース
永井多惠子(世田谷文化生活情報センター館長)/高萩宏(世田谷パブリックシアター ゼネラル・プロデューサー)
○ホール入門コース
石川幹夫(財団法人黒部市国際文化センター事務局 プロデューサー)
○演劇コース
能祖將夫(こどもの城青山劇場・青山円形劇場プロデューサー)
○音楽コース
児玉真(カザルスホール チーフ・プロデューサー)