一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.4 美術編① 美術業界の構造

講師 村田真(美術ジャーナリスト)

  美術界を知るためには、まず初めに、日本の美術界のいびつな構造について触れておく必要がある。でなければ、わが国の美術館や画廊の特殊性が理解できないからだ。結論を先に言えば、日本の美術界は大きくふたつの世界に分断されている。ひとつは、日展、二科展、院展といった公募団体系の世界であり、もうひとつは、そうした団体に属さないでインディペンデントに活動する現代美術系の世界である。

 

二分された美術界の構造と、日本の画廊・美術館の特殊性

 

●分断されたふたつの世界

 

  公募団体とは、文字どおり作品を公募して入選作を展示する美術団体のこと。全国に100以上あり、主に上野の東京都美術館(*1)で定期的に展覧会を開く。いわゆる画壇を形成しているのはこうした団体系の作家たちである。その公募展で何度か入選を重ねれば会員や同人に推薦され、そのうちのトップクラスが理事になり、理事長にまで上りつめて文化勲章でも受ければゴールだ。このようなピラミッド構造の歪んだ部分は、出世するには芸術性より政治力や協調性や師弟関係がものをいい、新しい創造や実験的な試みはむしろその妨げになりかねないことである。これはまさに日本の社会の縮図と言っていい。

 

  もともと日展(*2)は、明治時代に文部省が開いた文展を前身とするが、その文展から分かれた二科会(二科展)(*3)にしろ、日本美術の振興を目的とした日本美術院(院展)(*4)にしろ、出発点は高邁な理想を掲げる革新的な在野団体だった。ところが、時が経つにつれ理想は形骸化し、在野精神も薄れて保守的・権威的になるのが世の常。その歴史性と安定感において団体展は大衆的人気を得ているものの、もはやそこからアートの革新は望めそうにない。

 

  例えば、公募展には洋画・日本画・彫刻・工芸などの部門が設けられているが、そうした旧態依然としたジャンル分けには括れないインスタレーション、ビデオアート、パフォーマンスなどの新しい表現はすべて抜け落ちてしまう。したがって、現代美術を目指す作家たちは、たとえ公募団体に入りたくても門前払いを食うことになる。もっとも現代美術は個人の能力がすべてなので、初めから団体などに属そうとは思わないはずだが。

 

  こうした現代美術系の作家たちは、組織に縛られず自由に制作・発表できる反面、生活は安定しない。しかも現代美術というと難解だと思われがちで大衆的人気もない。だから彼らの多くは国内で評価されるよりも、むしろ海外のアートに照準を合わせている。つまり、世界のアートマーケットで通用する可能性があるのは現代美術系のほうなのである。

 

●平山郁夫と河原温

 

  例を挙げよう。公募団体系の代表を平山郁夫、現代美術系の代表を河原温としてみる。日本美術院の理事長を務める平山は、国内では知らぬ者はいないほどの国民的画家だ。デパートや美術館はこぞって彼の個展を開き、毎年高額納税者の上位にランクされるが、海外のアートマーケットや、欧米の美術館、国際展で彼の作品に出会うことはあまりない。

 

  一方の河原温は、団体に属さないのはもちろんのこと、日本という“団体”にすら背を向け、欧米を舞台に活躍する一匹狼である。日本では知名度は低いが、世界ではトップクラスのアーティストであり、主要な美術館ではしばしばその作品にお目にかかる。今年ようやく東京都現代美術館(*5)で大回顧展が開かれたものの、企画したのは海外の美術館であり、それが日本に逆輸入された構図だ。

 

  このように、国際化が進むにつれ現代美術系の重みが増してきていることは確かである。ただし断っておくが、いま述べたことはあくまで国際的評価を基準にした時の見方であって、どちらが正しいということではない。そもそも美術の場合、国際的評価イコール欧米の評価と言ってよく、それのみを絶対視するのが危険であることは言うまでもない。かといって、それを無視して国内にしか目を向けないのはもっと危険であるが。ともあれ、日本の美術界はこうした価値基準の異なるふたつの世界に二分され、それぞれの評価も内外で正反対を向いているという事実は押さえておきたい。

 

●貸画廊という独自の制度

 

  我が国では美術館も画廊も、このふたつの世界を基盤に成り立っている。まず画廊から見ていこう。画廊といえば展覧会を企画して作品を売る企画画廊(*6)を指すが、それとは別に作家にスペースを賃貸する貸画廊(*7)もある。この日本独自の貸画廊に対して、そもそも作品を売るはずの画廊が逆に作家からカネを取ることへの批判は根強い。とはいえ、カネさえ払えば自由な作品発表が保証されるというメリットは小さくない。したがって貸画廊を借りるのは、ほかに発表の場を持たない現代美術系の作家が多いようだ。ちなみに、日本一の画廊街として知られる銀座には292軒の画廊があるが、貸画廊はそのうち129軒を占める(『美術手帖年鑑97』調べ)。

 

  彼らはまず貸画廊で作品を世に問い、認められれば企画画廊にステップアップして、作家として自立していく。美術館に作品がコレクションされて、ヴェネチア・ビエンナーレやドクメンタなどの国際展(*8)に招待されれば一人前だ。これが現代美術系の出世コースであり、貸画廊はその登竜門に位置づけられる。これも一種のピラミッド構造といえるが、公募団体と比べれば自由度は高い。

 

  しかし近年、貸画廊を巡る状況は変化しつつある。それは、若手作家を対象とするコンクールや非営利のギャラリーが登場し、また、新世代の画商(*9)が現代美術を扱う企画画廊を相次いで開設していることなどによる。つまり選択肢が多様化し、貸画廊を通らなくても作家への第一歩が踏み出せるようになったということだ。さらに、画廊や美術館といった既存の美術施設ではなく、屋外や廃屋で展覧会を開くことも珍しくなくなった。もはや大金を払って貸画廊で発表する時代ではないのかもしれない。

 

  こうしたことから貸画廊も危機感を抱き、単にスペースを貸すだけでなく、若手作家の企画展を開いて現代美術に貢献していることをアピールし始めた。銀座の10軒の貸画廊が結束し、「新世代への視点 画廊からの発言」(ルナミ画廊、コバヤシ画廊、ギャラリーなつか、かねこ・あーとギャラリーといった銀座界隈の代表的な貸画廊10軒が、1993年から時期を合わせて開いている若手作家の企画展。95年まで毎年、以後隔年で開催)と題する企画展を開催しているのはその表れだろう。

 

●変わりつつある美術館

 

  では、美術館はどうか。美術館というのは本来コレクションがあって、それを一般に公開することで初めて美術館として成り立つ。ところが日本の場合、自前のコレクションを持たずに単にスペースを賃貸するだけの展示会場にも美術館の名を冠したのである。このように画廊にしろ美術館にしろ、スペースをレンタルするという発想は日本独自のものと言っていい(詳しくは次回で述べる)。

 

  例えば上野の東京都美術館。設立は1926年(当初は東京府美術館)に遡り、公立では最も歴史の古い美術館だ。ところが、この美術館は前述のように多くの公募団体の貸会場として使用され、館独自の活動はしてこなかった。まだ美術館の役割が確立されていなかった時代なので仕方がないとも言えるが、問題は、後に各地に林立することになる公立美術館の運営に、悪しき前例を残したことである。それが、ソフト(中身)がなくてもハード(建物)さえあれば美術館になるとするハコモノ志向であり、そうしたハコモノ行政を、各地に支部を持ち政治力もある公募団体が支えていったのだ。

 

  東京都美術館はその後、75年に企画展示棟が新設され、コレクション展示と企画展示が可能になった。しかし、企画展が開かれている間はコレクションが見られず、機能的には不十分だった。これを解消したのが95年、木場に開設された東京都現代美術館である。ここでは、上野から移されたコレクションの常設展示と館独自の企画展示だけを行っている。

 

  その結果、上野では相変わらず公募団体が展覧会を打ち、木場では館独自の企画で現代美術を紹介するという2本立てになった。つまり、公募団体展に独占されていた美術館に現代美術系が入り込み、両者の棲み分けが可能になったということだ。それはとりもなおさず、現代美術の価値が認められてきたということであり、また、ハードだけでなくソフトの重要性が認識され始めたという証にほかならない。

 

*1 1926(大正15)年、公募団体の貸会場として上野に開館。41(昭和16)年からコレクションを開始し、75年に隣接地に移転した際、企画展示棟を新設。木場にコレクションを移してから、企画展示棟では主に新聞社主催の大型展を開いている。

 

*2 1907(明治40)年から始まる官設の文展(文部省美術展覧会)が前身。帝展、新文展を経て戦後の46年に日展(日本美術展覧会)となる。58年に社団法人化された。

 

*3 1914(大正3)年、文展の革新的な作家たちが審査を新旧二科に分ける運動を起こし、在野団体として二科会を創設。ここからさらに多くの美術団体が分離独立することになった。芸能人が出品することでも知られている。

 

*4 1898年(明治31)年、東京美術学校を辞職した岡倉天心が日本美術院を創設。その展覧会を略して院展という。経営難のため茨城県五浦に本拠を移したが、天心没後の1914(大正3)年に再興された。

 

*5 1995(平成7)年、木場に開館した日本最大級の美術館。約3500点のコレクションを順次展示する常設展示室と、企画展示室に分かれる。購入作品の価格を巡って都議会で議論を呼んだのは記憶に新しい。

 

*6 「企画画廊」という言い方は、貸画廊と区別するための便宜的な名称にすぎない。現代美術を扱う画廊では、東京画廊、西村画廊、フジテレビギャラリー、佐谷画廊あたりが代表格。

 

*7 スペースレンタルする画廊のこと。レンタル料は、30平方メートル弱で30万円前後(6日間)が平均的。人が来なければ作家も借りないので銀座に集中している。最近は貸画廊でも企画展を行う割合が増えている。

 

*8 ヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)とドクメンタ(ドイツ)は、現代美術の動向を占い、アートマーケットにも影響を与える重要な国際展。その他、サンパウロ・ビエンナーレ(ブラジル)、シドニー・ビエンナーレ(オーストラリア)、光州ビエンナーレ(韓国)など世界中で開かれている。

 

*9 90年代以降、30歳代の画商が海外をにらみつつ同世代の作家を扱い始めた。レントゲンクンストラウム(南青山)、ワコウ・ワークス・オブ・アート(西新宿)、オオタファインアーツ(恵比寿)、小山富美夫ギャラリー(佐賀町)など、銀座以外の地で店を開くのも特徴。

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