●子どもが選ぶ児童館アートプログラム
愛知県児童総合センターは、96年にオープンした県立の大型児童館である。建物がまるごと遊び場になっており、子どもたちの賑やかな歓声が印象的だ。
「でも、ハードだけでは、子どもは飽きてしまう。常に新鮮な驚きを感じてもらうためには、そこで行われるプログラムと人が重要です。ここでは、遊びのプログラム開発が事業の大きな柱になっています」と、同センターで開発、調査を担当する山田光治さん。
こうしたコンセプトに基づき、96年度からスタートしたのが、『アートと遊びと子どもをつなぐプログラム』開発事業である。これは「アートで遊びをワクワクする」をテーマに、翌年度事業の企画を公募し、企画審査委員会(※1)での審査に加え、子どもたちへのデモンストレーションなどで選考するというものだ。96年度は、企画審査委員会の推薦する6人に企画を依頼。97年度から全国にプログラムを公募し、2月までに52案が寄せられた。
3月14日、センターでは、最終選考に残った3案が、実際に子どもたちにデモンストレーションされていた。「"肺胞"って知ってる? みんなの胸の中にあるんだよ。今日は、この"肺胞"をつくります」。子どもたちに説明しているのは、美術作家の松下恭子さん。松下さんの提案したプログラムのタイトルは、「肺ほうの森」。用意されたのは、5センチ四方ほどのエアークッション(プチプチつぶせる透明な梱包材)と、白い紙袋、絵の具、天井から部屋中に垂れたオレンジ色のホース。内容は、エアークッションを輪にして指にはめ、絵の具をつけて、紙袋に模様をつける。それをぷーっと膨らまして、思い思いの場所のホースに張り付けていくというものだ。不思議な触感と模様に子どもたちは夢中になって、ペタペタ、ぷーっ。いつのまにか部屋中に色とりどりの袋が増殖し、いつもの造形室が生々しく、暖かい空間に変容していく。
松下さんは、学生時代、東京の劇団で舞台美術スタッフとして活動し、現在愛知県を拠点に創作活動を続ける若いアーティスト。「自分の作品を、一人でつくるだけじゃなく、子どもたちとみんなでつくったら面白いんじゃないかと。芝居のような共同でつくる楽しさを知ってほしかった。子どもに肺胞なんて言っても、知らない、気持ち悪いで終わり。でも、自分の身体に対して、自分なりのイメージをつくって、自分に興味をもってほしい」。
そ のほか、ビデオ・インスタレーションなどの作品を制作し、名古屋市立大学芸術工学部などで教鞭をとる山口良臣さん、大学で視覚造形デザインを専攻し、学童保育の指導員等をしている正村和良さんがデモンストレーション。どのプランにも子どもたちは興味津々だった。
なぜ、「アート」なのか。山田さんはこう説明してくれた。「今、子どもたちは、親や学校のもつたくさんの評価枠に囲まれて過ごしています。アート、特に現代アートは、個人の自由な感じ方が受け入れられ易い。アートは、日常的な縛りから子どもたちを開放する起爆剤。それを媒介に、子どもたちの自由な遊びが活性化されていくことが狙いなんです」。
「アート」自身にもさまざまな縛りがある。この事業には、アーティスト、学生、児童福祉の関係者など多様な立場の人から、それぞれの思いを込めた企画が寄せられた。「遊び」という領域を設定することで、身近な環境との新たな出会い、交流を生み出すような自由な発想、表現を模索する人たちが集まってくる。そういった点からも面白い試みではないだろうか。
(宮地俊江)
●愛知県児童総合センター
[所在]〒480-1101 愛知県愛知郡長久手町大字熊張 愛知青少年公園内 Tel. 0561-63-8777
[施設概要]鉄筋コンクリート造3階建、敷地面積1万6883.92平方メートル、建築面積4673.945平方メートル、延床面積7600.962平方メートル。館内は、中央吹き抜けの「遊びの広場(アトリウムゾーン)」を中心に「発見」「体験」「創作」の各ゾーンが配置されている。
[活動内容]児童福祉法に基づく県立の大型児童館として、96年7月にオープン。"遊び"をテーマに(1)体験・育成事業、(2)開発・調査事業、(3)養成・研修事業、(4)普及・啓発事業を行っている。
※1 「アートと遊びと子どもをつなぐプログラム」企画審査委員(五十音順)
岩崎清(財団法人児童育成協会 こどもの城・造形事業部長)
宮脇理(元・筑波大学教授)
茂登山清文(名古屋芸術大学助教授)
山下博((株)藤川原設計)
竹薮宗一(愛知県児童総合センター・館長)
※提案された3案をはじめ、全国から寄せられたプログラムをまとめた冊子が4月中に発行される。
地域創造レター 今月のレポート
1998年5月号--No.37