●手づくりが自信と誇りをつくる
用意したチケット4000枚が1日で売り切れた。公演の4時間前には一番乗りのお客さんがやってきた。毎回届く花束は86人いる出演者の2倍。「長い間よくがんばったね。おばあちゃんより」「今年も楽しみに見に来ました」。メッセージ用紙に書き込み、スタッフに渡すとロビーのテーブルに五十音順に並べてくれる。「ママさんボランティアなんです」。
びわ湖の南東、東近江地区の2市7町とそこにある公立文化施設が協力して制作した手づくりミュージカル『Legend~湖の伝説』の公演会場は、市民の熱気で溢れていた。
今回の事業をプロデュースしたのは滋賀県立八日市文化芸術会館の端洋一さんである。「今日の会場にボランティアスタッフだけで45人は張り付いてます。プロの手を借りたのは、演出(脚色)、音楽、振付だけで、後は台本づくり、出演者、大道具・衣裳・音響・照明はプランも含めてすべて市民の手づくり。1回目がそうだったんですが、公演が終わるとみんなボケるんです。何カ月も会館に通って夜中まで作業してるので、仕事が終わると会館に来てしまう。出演した子どもたちは、舞台がない、もう友達に会えないって泣くそうです」。
『Legend』はびわ湖に住む魚と子どもたちが主人公のファンタジーで、少女ユキが湖のお姫さまと協力して、湖を汚す人間と魚たちの戦争を防ぐというものだ。幕開きで和太鼓の演奏にのせて2匹の巨大な龍が客席から登場したり、揃いの衣裳を着た子どもたちがみんなで悪役をやっつけたり、劇団四季並のカーテンコールがあったりと、出演者たちの見せ場があちこちにあるエンタテイメントである。
7月のオーディションで選ばれた出演者は7歳から61歳までの86人で、それから7カ月にわたって基礎レッスンや公演稽古を積み重ねた。稽古場には2市7町にある公立文化施設が順番に使われた。参加者や子たちの送り迎えをする親にとっては不便でも、近隣の地域が協力してつくるのだから、いろんな地域に出かけよう、そこから交流も生まれると頑張った。音楽専用ホールでは公演はできなかったが、職員のオルガニストの協力でパイプオルガンの演奏をバックに歌の稽古が行われた。子どもたちは初めて見る楽器に大喜びで、たくさん触らせてもらったそうだ。
出演者のお母さんのひとりが言う。「ミュージカルに参加して、子どもが人との関わりに積極的になりました。違う大人の人との関わりを楽しんでいるようです。学校での態度も変わってきて、子どもが成長したなと思います。それとなかなか会う機会がなかった他の地域の人とお互いに助け合ったりして、交流ができ、親子ともども喜んでいます」。プロと一緒につくった舞台も楽しかったが、それより何よりプロセスがよかったー子どもの成長は親にとっても宝だが、これが地域にとってどれだけ力になるか想像に難くない。
端さんは技術職員として17年間ホールの業務に携わる中で、「チケットを売るだけが芸術文化振興じゃない。市民と一緒に何かやれないだろうか」と考えるようになったという。 「去年初めて創作ミュージカルをやった時、僕と同じ世代で地元に残っていた男たちが何かここでもやれるんじゃないかという手応えを感じたように思います。その仲間たちで前回の公演のタイトルから命名した『待合室の会』をつくりました。ここが核になって新しい活動が生まれるのではないでしょうか」。
びわ湖のある滋賀県では地理的に移動が難しいこともあり、湖を囲んで北から時計回りに東北、中部、甲賀、大津・湖南、湖西の5つの地区に分けられており、そこにひとつずつ県立の芸術会館がつくられている。今回の世話役になっている八日市文化芸術会館もそのひとつ。県立の施設がこれだけ地域に密着した活動をリードできたのも、各地区の人口が20万人程度という市規模のコミュニティが基盤になっているからだろう。地域とそこで暮らす人と創作のトライアングルがうまくつながった時、今回の舞台の出演者たちのように自信に溢れた人々の顔を見ることができる。そう思わせる公演だった。
(坪池栄子)
●『Legend~湖の伝説』
脚色・演出:中村暁(宝塚歌劇団)/音楽:大町達人/振付:宮川明子/日程:3月1日(滋賀県立八日市文化芸術会館)、7日(蒲生町あかね文化センター)、8日(日野町町民会館わたむきホール虹)、14日(近江八幡文化会館)/企画・制作:東近江文化のまちづくり事業実行委員会/主催:文化庁(文化のまちづくり事業)、滋賀中部地域行政事務組合、近江八幡市、八日市市、安土町、蒲生町、竜王町、日野町、五個荘町、能登川町、永源寺町、滋賀県立八日市文化芸術会館、近江八幡市文化会館、安土町文芸セミナリヨ、蒲生町あかね文化センター、日野町町民会館わたむきホール虹/共催:滋賀中部湖東地域公立文化施設協議会
地域創造レター 今月のレポート
1998年4月号--No.36