東京ならではの豊富なフィールドワークで充実のプログラム
先号でもプログラムをご紹介しましたが、2月17日から20日まで地域創造の主催としては東京で初めてのステージラボが開催されました。受験シーズンと重なったこともあり、参加者は都内各所のホテルに分散して宿泊したり、フィールドワークであちこち飛び回ったりと、少し忙しかった分、東京らしいラボになったのではないでしょうか。ご協力をいただきました皆さま、本当にありがとうございました。
●充実したフィールドワーク
フィールドワークの中で面白かったのが、ホール入門コースの「クラシックコンサート観察会」です。表方の対応では日本一といわれるサントリーホールに出掛け、そのサービスぶりや演奏会の進行を観察してみようというもので、事前に「表方班」「観客班」「進行班」の3つに別れ、観察ポイントを整理した上でコンサートに出かけました。
「コーヒーショップは演奏中も営業していますか」「食事はどこですればいいですか」「ソリストのサインが欲しい場合はどうすればいいのですか」とレセプショニストに質問したり、クロークの対応時間を計っている職員もいて、その体験を基にした翌日の発表会は大いに盛り上がりました。
講師の箕口一美さんは、「ホール職員の視点でコンサートを経験してほしかった。今回のコンサートのように知らない曲目が並んでいても、演奏会全体が音楽に集中することはできます。知らない曲はやらないでほしいというホール職員の方が多いですが、とにかく一度、聴いてみてください。隠れた名曲が見つかるかもしれません。大人にならどう説明するか、子どもならどうかと意識しながら聴くと、プログラムを紹介する時の参考になります」とアドバイス。
演劇コースの参加者が出かけたのは東京の小劇団「燐光群」の稽古場です。ビルの地下にある倉庫を大家さんの好意で使わせてもらっているという稽古スペース、事務機器は他の劇団から払い下げてもらった事務所。「小劇団の稽古場は初めてですが、本当にこんなに狭いんですね」「こういう所で芝居がつくられているなんて驚きました」と別世界との出合いに皆興奮気味。
このほか、ホールプロデューサーの解説付きという贅沢な計画コースの施設見学会(東京オペラシティコンサートホール、パークタワーホール)、リハーサルスケジュールの変更で、あわや見学できなくなるかという生々しい体験をした音楽コースの東京フィルハーモニー訪問など、参加者の心に残るフィールドワークだったのではないでしょうか。
●世田谷パブリックシアターのノウハウを伝える
「これまで詰め込んできたことをお渡しできれば」との佐藤信さんの言葉どおり、今回のラボでは世田谷パブリックシアターのノウハウが惜しげもなく伝授されました。
共通ゼミでの「パブリックシアターのあり方~世田谷パブリックシアターについて」と題する世田谷流マネージメント講座をはじめ、バックステージツアーでは「できるだけ手作業でセッティングするほうが空間の自由度が高くなる」との考え方でつくられた小劇場など、ロールバック式客席の重さから残響、バトン、照明器具の収納にいたるまで施設づくりのヒントになる具体的なアドバイスが行われました。
特に興味深かったのがテクニカルマネージャー桑谷哲男さんのホールの運営組織と技術スタッフについての講演です。「主催者と一番顔を合わせている時間が長いのは技術職員であり、技術職員の質によって劇場の質が決まってくると言っても過言ではない。技術は裏方と呼ばれていますが、劇場営業でいうなら営業マンであり一番の表方です」といい、計18人の専属スタッフがオペレーションはもちろん、プランニングや技術ワークショップの講師もやるそうです。
「あれはダメ、これはダメと人を管理してやらせないのが仕事だと思っている人がいますがそれは違います。演出家がどんなに苛酷な要求をしても、何を解決すればそれができるようになるかを考えて、技術を管理(使いこなす)するのが技術スタッフの役割。世田谷では火も水も砂も届出さえすれば使えますし、極端に言えば、原状復帰すれば劇場を壊してもいい。"できない"という言葉を死語にして取り組んでいます」
●参加者が主役の企画ワークショップ
音楽コースでは、参加者が来年度実施する企画を持ち寄り、その中のいくつかをたたき台に全員で喧喧諤諤議論をし、企画・広報・宣伝について詰めるという作業を行いました。山口県のシンフォニア岩国から参加した石井郁夫さんは、今年結成する「ヴァン・ドール管楽アンサンブル」について企画書を提出しました。西日本在住のプロの管楽器奏者で構成し、今夏には演奏会とクリニックを含むフェスティバルを開催する計画です。
石井さんは、小学校の先生で、現在シンフォニア岩国に出向中。小学校では、吹奏楽クラブを11年間指導し、2度全国大会に出場したという経歴の持ち主で、ホールに異動した今も教え子がよく遊びに来るそうです。中にはホールボランティアとして活躍中の生徒さんもいるとか。
「山口県は吹奏楽が盛んな地域なんです。『ヴァン・ドール』が、地域の奏者や指導者の相談を受けられる存在になれば」と夢は膨らみます。「企画を提出する前はドキドキものでしたが、皆さんに興味をもっていただいて自信をもてました。ラボでいただいた意見は、早速持ち帰って説明材料に使いますよ」。
東京ならではの豪華な講師が顔を揃えたのも今回のラボの特徴でした。若いホール職員を前に、真摯に語りかける講師の姿はとても優しく見えました。「あなたたちがやっているのは初代の試みです。答えがなくて当たり前なのだから、試行錯誤でいいんじゃありませんか」と励ましてくださった演出家の太田省吾さん。国際的な演出家ピーター・ブルックの「異こそ美なり」という言葉を引きながら「人と人が同じだと演劇は成り立ちません。人と人は異なっているから美しい。そこにこそ感動があると思います。こうした違いを認め合うことが今の演劇の課題の一つではないでしょうか」と示唆に富んだお話をいただいた朝日新聞社の扇田昭彦さんなどなど。紙面に限りがあるため講義内容のすべてをご紹介できないのが本当に残念です。どうもありがとうございました。
●フィールドワーク「東京の劇場・ホールを観よう~パークタワーホール」より(市村作知雄)
パークタワーホールは17×25×8メートルのフリースペースです。もともと展示会ぐらいしか想定していないので、二重扉じゃないとか、壁が白いとか、ホールとしてはベストではありませんが、そういうのはやれる方法でやればいいことだと思っています。
パークタワーのプログラムの中心はダンスで、僕自身は成長期でこれから伸びるダンサーを発掘したいと思ってやっています。ただ若手だけだとホールの格が見えなくなるので、メインプログラムとして海外から一流のグループを呼んできます。そういう小屋でやれるのが若手には励みになるし、若手の卒業生をピックアップする中堅のプログラムなど、ステップアップしていく仕掛けもつくっています。
プログラムがつくれるようになるには、とにかく見ること。ホール職員になって1年間は勉強の期間と割り切って、1年で100本ぐらい見る。そうするとどことなく全体像がつかめるようになります。それから見終わった後に議論すること。アーティストが「テーマは何ですか」と聞かれて、「感じたいように感じてくれればいい」と答えることがありますが、それは嘘。そんな質問はするなという意味です。それを鵜呑みにして、そうか感じたままでいいのかなんて言っているようではプログラムはつくれません。つくる側はかなり厳密につくっているので、それを見る目を養うためにも議論は欠かせません。
作品をつくる時には、基本的に何か解決しようとしている課題があります。プログラミングをやる場合の基礎はここ(課題)です。例えば、今、ダンスの世界で何が課題になっているかがわかればプログラムはつくれるということです。つくる人は大変だけど、課題自体は知ってる人に5分も講義してもらえばわかります。でも、それが舞台上で実現されているかどうかがわかるようになるには、たくさん見て、眼を養うことが不可欠です。
●ステージラボ世田谷セッション
[日程]2月17日~20日
[会場]世田谷パブリックシアター
●各コースのコーディネーター
○ホール計画コース
草加叔也(劇場コンサルタント/空間創造研究所代表)
[主会場]メインホールロビー
○ホール入門コース
津村卓(財団法人地域創造チーフディレクター)
[主会場]けいこ場A
○演劇コース
佐藤信(世田谷パブリックシアターディレクター)
[主会場]シアタートラム舞台
○音楽コース
仁田雅士(東急文化村〈オーチャードホール〉企画運営部長)
[主会場]ワークショップB
●ステージラボに関する問い合わせ
財団法人地域創造 芸術環境部
西村・杉田 Tel. 03-5573-4068