年越しイベント
「芸術村オールナイトイヴェントを成功させよう、ゴォ~ン」
1997年大晦日の夜。満天の星空に「人間除夜の鐘」の最初の雄たけびが吸い込まれていったのは、新しい年の幕開けまであと1時間を切った頃のことだった。大正時代に建てられたレンガ造りの紡績工場が、音楽、演劇、美術、エコロジーの4つのピット(工房)として蘇った金沢市民芸術村。開館して2度目の大晦日も、前年に続いてこのイヴェントが企画され、延べ千数百人の市民で盛り上がった。
「私は寿司屋なんですけど、今から寿司屋のテーマソングを唄います」。ミュージック工房では、午後6時から年越しオールナイトライブが開幕。日頃工房で練習を積んでいるバンドを中心に、16組が入れ替わりに演奏を展開した。東京でプロとして活躍して10年目を迎えたGEN(源学)、沖縄の三線を演奏する「かじぬふぁ」、1人でキーボード2台を操って「生まれて初めてのライブ」を展開したYuri。「僕の知る限り、ここは日本中でもかなりかっこいいライブスペースだと思います」というGENの言葉通り、多彩な顔触れが一堂に介したのもこの会場の魅力が大きな理由だった。 ドラマ工房夜11時02分。モダンダンス「エスキーヌーバ」のパフォーマンスが終わると、やはり市民からなる裏方ボランティアたち約20人の出番となった。黒幕を巻き上げホリゾントを吊り花道をつくって、会場は次第に和風に衣更えしていく。深夜0時半から始まる「狂言」のための準備だ。金沢出身の狂言師・野村英丘ほか2名による「昆布売」と「禍牛」の二幕。これが無料で見られるのだから、市民には最高のお年玉だ。
音楽工房に隣接するアート工房に一歩入ると、そこは電気楽器の騒音とは全く別世界となる。約500平方メートルの会場には、京都を起点に糸を使ったオブジェを制作するアーティスト、濱谷明夫の作品群が展示されている。繊細なフォルムの作品が紡績工場という建物の歴史やそこでライブ演奏されている弦楽四重奏の調べと微妙に絡み合い、会場は荘厳な雰囲気に包まれている。
「市民の環境に対する関心を高めるための活動の場」と定義されたエコライフ工房の中央には、手づくりプラネタリウムが鎮座していた。これが来場した子どもたちには大人気。整理券が早くからなくなる回もあった。
4つの会場を結ぶ回廊には、夥しい数の紙絵馬が結ばれている。「公立高校に合格しますように」「リア王やります、絶対観に来てね」と、それぞれに力強い文字の宣言が記されている。
やがて午前0時。「あけましておめでとうございま~す」。各ピットの行事を一時中断して、建物の真ん中のオープンスペースで大きな歓声が上がった。人間除夜の鐘の108番目は小学生の男の子を連れたお母さんの登場だった。 「芸術村のようにこの子が大きく成長してくれますように、ゴォーン」、細川紀彦村長が、市の人口の約半分にも匹敵する通算23万4346人目の入場者となった男の子に花束を手渡す。「わずか1年と2カ月で全国から注目される施設になりました」という挨拶とともに大きな樽酒の鏡割り。あちこちでカンパ~イの声があがる。皮ジャン、カーリーヘアー、金髪、茶髪、小学生、高校生、社会人、中高年。それぞれのいでたちの参加者が、思い思いのスタイルで新しい年の誕生を祝っている。
外は気温11度。建物は、集まった人々の熱気を孕んで、漆黒の夜空にオーラを発している。0時25分。音楽工房で演奏再開を告げる最初のエレキギターの音が流れる。年中無休、24時間開館を貫く芸術村の、1年で最も長く賑やかな宴は、まだまだ続いていく。
(ノンフィクション作家・神山典士)
●金沢市民芸術村
1996年10月オープン。金沢市公共ホール運営財団運営。旧大和紡績工場跡地にある倉庫群を再利用した公演も可能な複合練習施設。アート工房、サウンド工房、ドラマ工房、エコライフ工房、職人大学、レストランなどを有する。
地域創造レター 今月のレポート
1998年3月号--No.35