講師 坪池栄子(文化科学研究所プロデューサー)
演劇の制作基礎知識シリーズの最後として、実際に公演を実施する場合の基本的な業務の流れについて押さえておこう。公立ホールが主催する演劇公演には、大きく分けて2つのパターンがある。1つが、制作団体から一定価格でステージを買い取るパッケージ事業、もう1つがホールの職員自ら企画・制作を担うプロデュース事業である。今回は以上の2つについて整理する。
●パッケージ事業の場合
パッケージ事業の流れは、基本的に音楽コンサートと同じである。つまり、1ステージを一定価格で購入、主催団体としてリスクを負って公演し、動員に関わる広報・宣伝・チケット販売業務をホール側が担うというものだ。
◎制作団体との直接交渉
ただ1点大きく異なるのが、演劇ではビジネスにならないため、プロモーターのように地方公演のブッキングを請け負う専門業者がいないということ。したがって、プロモーターが営業に回ってきて仲介することはなく、ほとんどが制作団体との直接交渉になる。
このシリーズの1回目でもふれたが、演劇業界は歌舞伎から小劇場まで多様なジャンルが混在している上に、それぞれ別の制作団体を組織しており、ジャンル毎に異なった商習慣をもっている。例えば、同じ俳優でも商業演劇と自分が所属する劇団の地方公演とでは、待遇もギャラも雲泥の差になる。
制作部や営業部が比較的しっかりしている商業演劇や大手新劇団ならまだしも、小劇場系の劇団の場合、主宰者(その集団の作家、演出家、俳優を兼ねている場合が多い)と直接交渉になったりもするので、ホール職員にある程度の業界知識がないと、判断できないことも多いのではないだろうか。ただ、一旦、制作現場の人と信頼関係が築ければ、次回以降の交渉はかなり容易になる。
◎難しいプログラム選び
パッケージ事業をセットするための情報源が、皆さんよくご存じの公文協資料(*1)である。再演ものや地方営業用プログラムが中心で、新作や商業的にもヒットしそうな生きのいい作品については、東京公演を見て、制作団体や劇場の人と直接、情報交換する必要がある。マスコミ系の俳優は公演の数カ月前でないと出演が決まらないなど、制作スケジュールが不安定な分、数カ月前で地方公演がセットできるケースもあり、ともかくまめに情報収集するのが一番である。
基本的な情報不足に加え、CDやTVなどで日常的に触れられる音楽と異なり、演劇は市民の経験知が少ないため、適切なプログラムを選ぶのが極めて難しい。定評のあるカンパニーでも作品ごとの出来、不出来が激しいし、娯楽として楽しめるものならまだしも、古典以外は、プログラムを選ぶ基準がもてていないのが現状だろう。
はっきり言って、観客づくりから始めるしかないと思う。そのためのプログラムのひとつとしてワークショップ(雑誌「地域創造」創刊号で特集)が注目されているが、観客づくりは各地域の実情とダイレクトに関わる課題なので、必要に応じて専門家を個別に招聘し、プログラムをオーダーメードする必要がある。
*1 公文協資料
社団法人全国公立文化施設協会発行の「公演事業資料」のこと。協会加盟の公立文化施設向け運営参考資料として毎年8月に翌年の催し物の案内をしている。希望者には4200円で特別頒布。
◎ツアーが前提のパッケージ事業
前号でもご紹介したように、演劇鑑賞会では、10数団体が同じ舞台を共同購入して、30ステージ程度のツアーを組み、1ステージ当たり200万円見当の価格を実現している。しかし、これが1地域、1ステージの単発公演になると、同じ舞台の価格が何倍にも跳ね上がってしまう。
劇団四季、ふるさとキャラバン、スイセイ・ミュージカル、一人芝居を専門に制作しているトム・プロジェクトなど、積極的な地方営業を行い、自力でツアーを組んでいるところは別として、現状では鑑賞会による共同購入や文化庁の鑑賞教室の類を除き、こうしたツアーを組むことがほとんどできていない。ツアーが組めなければ、ステージ価格は高くなり、パッケージ公演は実現しない。
ホールとしては、共同購入のパートナーを見つける、何らかのツアーに便乗する、あるいは1週間公演、1カ月公演が自力で打てる動員力をつけないと、パッケージ事業を行うことさえ難しい。小劇団系の公演を積極的に招聘しているホールもあるが、地元の鑑賞会のプログラムとバッティングしない、地方で見る機会が少ないというだけでなく、カンパニーが小さく、商業ベースではないので比較的安価なのが大きな理由ではないだろうか。
●プロデュース事業の場合
図1が演劇プロデュースの基本的な流れである。紙面がないので詳しく解説することはできないが、プロフェショナルな制作実務については東海大学出版会発行「芸術経営学講座3 演劇編」、芝居のつくり方については伊藤弘成著「THE STAFF」が詳しいのでそちらを参考にしていただきたい。
◎プロデューサーの必要性
図の(1),(2),(3)のすべてを責任もって統括するのがプロデューサーである。日本の場合、資金調達まで行う独立プロデューサーは例外的で、基本的には、予算内で、一定の権限と責任をもつ契約(社内)プロデューサーが多い。公立ホールが自ら演劇制作を行う場合、このプロデューサーが非常に重要になる。
演劇を制作するには長期にわたる多数の専門家の共同作業が必要となる。予定通りの制作費、日程で作品を仕上げ、事業目的を達成するには、現場経験が豊富で、全体を把握し、責任もって判断できる司令塔の存在が不可欠である。通常のホールの指揮、命令系統では対処できないということを肝に命じ、事業目的に応じたホールとしてのガイドラインを策定した後は、現場実務の責任者を任命して事にあたる必要がある。
創作者(演出家など)にすべてをまかせるケースがあるが、創作者とプロデューサーはあくまで別の職能。創作同人的なカンパニーで創作者が全リーダーシップをとる慣習があるために混同するのだと思うが、公立ホールが公演をプロデュースする目的は作品をつくることだとは限らないので、事業目的と照らして、人選することが必要である。
◎市民参加事業の場合
市民参加事業では、演劇制作のどの段階に市民が関わるかや、プロフェショナルの参加の有無によって、公立ホールが担う業務の内容が変わってくる。
この場合、現実にはホール職員(もしくは市民)がプロデューサーの役割を担うことになるが、名目上、実行委員会が主催することも多く、それがあまり自覚されていない。プロよりもアマチュアが参加する事業の方が、プロデュース業務は手間暇がかかることに留意すべきである。
ちなみに市民の関わりについては、企画立案から創作に関わる市民創作型、営業・舞台製作に関わる制作サポート型、公演実施に関わる運営サポート型の大きく3タイプがある。
市民対応を考えていくと、公立ホールが公演をやるだけでなく、研修会やワークショップや会員事業などさまざまな事業がやれる場所だというのがわかってくる。必要に応じてノウハウを獲得していただきたい。
●制作基礎知識シリーズVol.3主な参考文献
「日本演劇全史」河竹繁俊著
「帝国劇場開場」嶺隆著
「日本の現代演劇」扇田昭彦著
「ぴあ」(1972年~90年)
「戦後史大辞典」
「文化イベントデータファイル年鑑」
「芸術経営学講座3演劇編」東海大学出版会
「劇団経営実態に関する調査研究」
「地域アーツメディアネットワーク設立準備のための調査研究」