一般社団法人 地域創造

宮城県 宮城県美術館・佐藤忠良記念館

●「塑像原型の保存と修復」の現場から

 

 宮城県美術館の中庭と、広瀬川を見下ろす北庭に囲まれた一角に、佐藤忠良記念館があります。佐藤忠良は、国際的にも評価の高い宮城県出身の具象彫刻家。館内には、窓からの柔らかな陽光を受けて、『若い女』など、彼の彫刻の代表作70点と素描などが展示されています。この記念館は、宮城県美術館が氏から作品の寄贈を受けたのを機に、1990年に開館。同年に鋳造を終えた「石膏原型」の保存管理を行うために、佐藤忠良記念財団が設立されました。

 

 こうした原型の保存のために設立された財団は、ここが日本で唯一のものです。石膏原型とは、一般に作品として展示・販売されるブロンズ像などの元となる石膏の型をいいます。現在、同財団で所有する原型は計113点。欧米では、作者の意図が直接的に表現されている最も基本的な型として、1970年前後から石膏原型の重要性に関する認識が高まり、各国でその修復と保存管理のためのルールづくりや人材養成機関の整備が進んできました。

 

 しかし、国内においては、直接の鑑賞の対象となる鋳造作品と比べて、その原型の重要性に対する認識は薄く、原型の修復と保存管理に関するノウハウや人材はほとんどないのが現状でした。そこで宮城県では、石膏原型を含めた作品の適正な修復と保存管理に関する調査、提言、人材育成などに取り組むため、美術館とは別個に同財団を発足させることになったのです。

 

 国内にノウハウがないならと、91年からフランスのトゥール市立美術学校の彫刻保存修復学科に研修生を派遣。5年間の勉強を経て卒業、96年にフランス国家認定の「彫刻保存修復家」の資格を取得した藤原徹さんが、96年度から宮城県美術館において、作品と石膏原型の修復にあたっています。

 

 美術館内には、佐藤忠良作品の修復と保存管理のため、計272平方メートルに及ぶ収蔵庫(積層式)、そして修復作業を行う修復室が設けられています。収蔵庫には、修復を待つ石膏原型がベッドに横たわるように並べられていました。原型は、それを元に砂や蜜蝋で型どりをして鋳造を繰り返していくうちに、汚れたり、損傷を受けたりしてきます。そうした部分を洗浄したり、補強したりして、なるべく最初の状態に近づけるようにするのが、原型の修復作業と呼ばれるものです。

 

 修復室には、顕微鏡や、カメラ、薬品などが並べられ、折しも修復最中の石膏原型の頭部が作業台に乗せられていました。「鋳造の過程で砂が詰まった目の部分を洗浄したところです。ほら、前はこんな状態だったんです」と藤原さんは修復前の写真を見せてくれました。「修復の前後で作品の状態がどう変わったかを、誰が見てもわかるように正確に記録するのも大切な仕事なんです」。記録ファイルはさながら医師のカルテといったところ。また、「原型に残された作者の作業の後から、新しい発見がいろいろあって面白いですよ」とも。展覧会のような派手さはありませんが、修復活動を通じ、改めて作品自体の魅力や、制作過程の面白さが浮き彫りになってきます。

 

 各地で開館した美術館が、収集した作品をどのように修復、保存し、次代に残していくのか。国や関係機関はもちろん、各美術館の取り組みが問われていますが、その取り組み方には、さまざまな可能性が秘められているようです。藤原さんのもとには、各地の美術館から修復と保存管理に関する問い合わせが多く寄せられると言います。「地方の美術館が単独でできることには限界もありますが、佐藤忠良作品の保存・修復を軸に、ノウハウを蓄積し、そうした修復・保存活動の牽引役になれれば」と強く話されていました。

(宮地俊江)

 

●佐藤忠良記念館
宮城県出身の彫刻家佐藤忠良氏から彫刻作品や素描、コレクションなどの寄贈を受けたのを機に1990年6月にオープン。氏の作品を常設展示している。彫刻170点、素描386点、版画40点、油彩画5点のほか、氏の収集したコレクション27点を所蔵。
[施設概要]展示室5室、アートホール、収蔵庫3室ほか

 

地域創造レター 今月のレポート
1998年2月号--No.34

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