講師 坪池栄子(文化科学研究所プロデューサー)
●東京に集中する演劇興行
「文化イベントデータファイル年鑑」(*1)によると、1996年に首都圏で行われた演劇は2万2646ステージ、供給された客席数は約1530万席、全席有料入場だった場合の最大興行規模は1313億円余りとなっている。実際の有料観客数を6割と仮定すると、観客数918万人、興行規模788億円程度というのが現実的な数字だろう。
「レジャー白書96」の観劇への参加率を元にした推計では、全国には延べ1240万人の観客がいるので、そのうち74パーセントが首都圏に集中している計算になる。ちなみに首都圏の演劇市場で東京都23区が占める割合は、ステージ数、客席数、興行規模のどれをとっても90パーセントを超えている。つまり、全国で行われている演劇の約70パーセントが23区という極めて限られた地域で行われていることになるわけで、ほかのジャンルと比べてもその集中度は群を抜いている。
こうした背景には、後背地を含め3000万人という潜在的観客がいることに加え、宝塚などごく一部の事業者を除き、大規模興行会社、劇団、俳優が所属している芸能プロダクション、企業系劇場など、演劇の制作母体となる事業者のほとんどが東京に本拠地を置いて活動しているということがある。ちなみに、90年の国勢調査の結果でみても、全国で約5万人いる俳優・舞踊家の半数以上が首都圏に在住と回答している。
●鑑賞団体が支える地域の鑑賞環境
このような東京中心の演劇興行界に対し、地域の演劇は、基本的に市民劇場や子ども劇場などの会員制の鑑賞団体が主催する例会と、学校教育の一環として行われる学校公演で占められていると言っても過言ではない。94年に文化科学研究所が関連団体にヒアリングしたところによると、鑑賞団体による例会は年間で計8000ステージ近く、学校公演は小・中・高校を合わせて1万ステージを超えるという。これは、首都圏で行われているオープンチケットの演劇公演と比べても引けを取らないステージ数であり、地域における鑑賞団体や学校公演の果たす役割がどれほど重要なものであるかがよくわかる。
加えて、近年では、各地に公立ホールが誕生し、自主事業として演劇公演が行われる機会が増えてきた。全国公立文化施設協会の調査によると、95年にはクラシック音楽を中心にして、全ジャンルで年間1万3450ステージの自主事業が行われているという。
児童演劇・歌舞伎を含め、年間約1500ステージ近くを公立ホールが自主事業として購入しているという話もあり、新たな興行主催団体として注目が集まっている。
また、劇団四季の仮設劇場での地方ロングラン興行が成功したのを機に、福岡シティ劇場や博多座(99年6月開場予定*2)、ジャニーズ事務所と吉本興業が拠点にしている京都のシアター1200など、このところ自治体やJRが参加した商業劇場が都市部に次々と誕生している。こうした商業演劇の全国的な広がりを含め、地域の演劇環境は大きく変わりつつあるというのが現状だろう。
●演劇業界の構造
前号でご紹介したように、日本の演劇界には能・歌舞伎から現代演劇までさまざまな表現があり、それぞれ違った制作集団を組織している。図2に整理したように、こうしたタイプの異なる大・小たくさんの制作集団(創作集団)が集まり、自ら主催団体となり、リスクを負って自主興行を行っているというのが日本の演劇業界の基本構造である(太枠で囲った流れ)。
制作団体には、俳優やスタッフなど演劇に対して同じ考え方をもった演劇人が集まって集団をつくっているカンパニー、制作スタッフのみで、企画毎に俳優などをプロデュースする企画・制作会社、そして直営の劇場をもち、自ら演劇興行を行っている劇場・興行場の3タイプがある。
カンパニーには、家元制によって運営されている古典芸能集団から、文学座や俳優座のような大手新劇団に代表される職業劇団、アマチュア活動に近い小劇団までいろいろある。近年の特徴としては、ホリプロのようにタレントを多く抱える芸能プロダクションが、ミュージカルブームをきっかけとして、事業部を設け、自社のタレントを配した演劇の制作に乗り出すようになったことがあげられる。
また、企画・制作集団としては、花形の演出家や作家とネットワークをもつプロデューサーが中心になったもの、人気劇団がマスコミ活動に力を入れるため、発展的に解消したものなどがあり、近年の劇場建設ラッシュに応じて急増したプロデュース公演の制作を行うことが多い。
劇場系の制作団体には、流通系の企業活動の一環として劇場を開設し、自主企画公演を行っているところと、直営劇場で常打ちの興行を行っている興行会社の2つがある。日本の2大興行会社といえば東宝と松竹だが、仮設劇場でのロングラン興行を成功させた四季は、今やカンパニーというより立派な興行会社である。ちなみに、98年には東京・浜松町にJR東日本と共同で常打ちの四季劇場「春」(1300席)、「秋」(900席)が開場する。
日本の演劇界は、団体営業やマス宣伝によって大量動員を行っている、こうした直営劇場をもつ興行会社によって支えられ、それ以外の活動は、ビジネスとしてはほとんど成り立っていないというのが現状である。
従って、地方公演などのツアーブッキングについても、それだけをビジネスにする流通業者(ブッキングエージェンシーやマネージメント事業者)が成立するような状況ではなく、制作団体が直接営業するか、前述の鑑賞会などの非営利セクターが自らの主催公演を実現するために、近隣地域の鑑賞会をブッキングして統一例会をつくっているといった程度である。
興行主催団体にしても、商業演劇を除いては、弱小の制作団体が自らリスクを負って手打ち興行を行う以外、鑑賞会や公共ホールなどの非営利団体が携わるケースがほとんど。つまり、レコード産業という産業基盤を持つ音楽業界に比べて、極めて脆弱な産業体質しか持っていないのが、日本の演劇業界の現状なのである。
*1「文化イベントデータファイル年鑑」は、首都圏のオープンチケットの興行情報を網羅しているぴあ株式会社が文化科学研究所と共同で1年に1回発行している文化イベントの統計集。首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木、群馬)で開催された音楽、演劇、スポーツ、美術展、映画上映会等のデータを収集し、公演数、ステージ数、客席数、興行規模、冠イベント数、スポンサーシップ状況などを詳細に報告している。
*2「博多座」は福岡市が建設し、市と地元企業、松竹・東宝などの大手興行会社の共同出資によって運営される演劇専用劇場(1490席)。歌舞伎による柿落としの後、コマや明治座などの商業演劇、東宝ミュージカルなどが1カ月交替でプログラムされる。
●鑑賞団体
演劇に関係する代表的な鑑賞会組織としては、「全国演劇鑑賞団体・連絡会議」と「全国子ども劇場・おやこ劇場連絡会」のふたつがある。前者は、勤労者を中心にした新劇の鑑賞団体として全国組織をつくっていた「全国労演連絡会議」(63年発足)を母体としたもの。現在は会費制で演劇を見る会員組織として、全国で140団体が活動し、約29万人の会員が加入している。全国を12ブロックに分け(北海道、東北、関越、長野県、首都圏、神奈川県、中部北陸、静岡県、中国、近畿、四国、九州)、ブロック毎に統一例会を行っている。
後者は、30年前に福岡で始まった子育ての環境づくりの運動で、鑑賞活動だけでなく、キャンプなどの自主活動、サークル交流活動を合わせて行っている。現在の団体数は全国で約750、会員数は親子合わせて約50万人。演鑑同様、全国を9ブロックに分け(北海道、東北、北信越、首都圏、東海、近畿、中国、四国、九州・沖縄)、ブロック毎に統一例会を行っている。
両者とも地方における最大級の興行主催団体だが、組織的には非営利の任意団体であるため、法人化をめぐってさまざまな議論が行われている。
●社団法人日本劇団協議会
前身は新劇の劇団の集りである「新劇団協議会」(56年発足)。92年の社団法人化に伴い、名称を改め、小劇場系の劇団にも門戸を開く。96年度の加盟団体数は66(内23団体が児演協にも加盟)。活動実績は、主催公演2283ステージ、演劇鑑賞会1512ステージ、公共ホール446ステージ、子ども劇場318ステージ、学校公演4446ステージほか。
●日本児童・青少年演劇劇団協議会
1975年に発足した子どものための演劇を職業とする劇団の集まり。年間50ステージ、2年以上の活動実績のある77団体(95年5月現在)が加盟し、児童演劇での職業的基盤の確立と団員の福祉の向上を目的として活動している。90年の調査では、加盟団体の総活動日数は約2万日、ステージ数は約3万ステージ、延べ観客数は1200万人。全国3万ステージの内、東京・大阪での自主公演数は2000ステージを切っており、地域が主たる活動拠点となっていることがうかがえる。ちなみに94年の文化科学研究所のヒアリングでは、地域での児童劇団の活動内訳は、こども劇場の統一例会(6000ステージ)、学校公演(15700ステージ・幼稚園を含む)、公共ホール(1000ステージ)、民間主催公演(3000ステージ)程度とされる。