今号から3回にわたり「コンサートを実施する」にあたって必要な基礎知識をご紹介します。第1回でクラシック業界、第2回でポップス業界の基本構造について整理した後、第3回ではコンサート実務の基礎についてお伝えする予定です。
講師 山名尚志(マルチメディア・プロデューサー)
昨年、1996年の国内におけるクラシック・コンサートの数は、首都圏だけで3016件、延べ席数で402万席を数えます(ぴあ株式会社調べ)。全国ベースでは、おそらくこの2倍以上、1万回、1000万席といった状況と推測されます。ちなみに首都圏のコンサート全体では、延べ席数が1520万席なので、その約4分の1がクラシックということになります。
●クラシック興行の構造
音楽コンサートの業務は大きく3つに分けて捉えることができます。第一はアーティストのマネジメント。次にコンサートの企画・営業。最後にコンサートの実施です。ポピュラー音楽業界では、タレントやアーティストを抱えるプロダクションがこのうちの第一の部分を、ブッキング・エージェンシーと呼ばれる企業が第二の部分を、そして全国各地のプロモーター(イベンターと呼ばれることもあります)が最後の部分を受け持っています。
クラシック興行の特徴は、上記の3つすべてをジャパンアーツ、梶本音楽事務所、神原音楽事務所といった「音楽事務所」が果たしていることにあります(大きな交響楽団や歌劇団もこうした事務所機能をもっています)。音楽事務所は、まずアーティストとマネジメントの契約を結び、次にコンサートの企画を立て、全国でツアーを実施していきます(場合によっては、フリーのアーティストからコンサートの企画・実施の代行を依頼されることもあります)。
加えて、海外のアーティストや楽団の招聘も業務の1つとして行っています。この場合には、海外のアーティストのマネージャー(エージェントともいいます)と交渉して興行日程を押さえていくということになります。音楽事務所の強みは、国内アーティストを抱えていることに加え、この招聘ルート(海外のマネージャーやアーティストへのコネ)を確保していることにあります。
こうした音楽事務所が組織している業界団体が「社団法人日本クラシック音楽マネジメント協会(マネ協)」です。現在、マネ協に所属している正会員は66団体で、年に1度、『クラシック音楽マネジメント・ガイド』を発行して、所属している演奏家や海外アーティストの招聘スケジュールを発表しています。公共ホールに営業に訪れたり、公文協資料にコンサートの価格表を掲載しているのは、ほとんどここに所属している団体です。
●手打ち興行と売り興行
コンサートの実施は大きく2つのパターンに分かれます。1つは手打ち興行と呼ばれるもので、音楽事務所がコンサートに関わるすべての経費・リスクを負う一方で、チケット収入や企業からの協賛金収入はすべて自社に入るやり方、つまりコンサートを企画・制作しつつ、主催も行う方法です。現在、この手打ち興行は、そのほとんどが東京と大阪に集中しています。これは、東京や大阪でないと、コンサートを黒字にするだけのファンの絶対数が確保しにくいためです。
もう1つが売り興行と呼ばれるもので、この場合は、コンサート運営の実務は事務所で行い、経費やリスクはその興行を買った側が負います(主催者はコンサートを買った側になります)。その代わり(滅多にあることではありませんが)どんなにチケットが売れても、音楽事務所側は当初に合意された一定のパッケージ料金だけを受け取ることになります。
かつては、こうした興行の売り先は、新聞社などのマスコミ事業部が中心でした。しかし、各地に自治体のホールが建った現在、売り先の主体は完全にそうしたホールとなっています。東京や大阪では手打ちで興行を行いつつ、その他の地域に関しては、全国津々浦々の公共ホールに営業し、旅費節約のために効率的なツアー・ルートをつくりながら、各地で売り興行をしてまわる。ヨーロッパのオケなど大きなコンサートについては、アジアの近隣諸国までを含めたツアーをつくり、できるだけ損益分岐点を下げていく。
これが音楽事務所のやっている仕事です。
●公共ホールの立場
上述したように、公共ホールのクラシック興行とのかかわりの第一は、音楽事務所から興行を買う主催者としての役割です。クラシックのコンサートの場合、ポップス系のコンサートや演劇などとは異なり、舞台装置の仕込みなどはほとんどありませんから、集客が主催者としての最大の仕事になります。従って、単に音楽事務所のお薦めの興行を買うというのではなく、自分のホールがある地域にはどんなお客さんがいるのか、どういったコンサートで、また、どんな宣伝をすればそのお客さんを集めることができるのか、ここをよく考えて興行を選んでいく必要があります。
ここから一歩踏み込むと、今度は、「こういうアーティストに、こういうプログラムをやって欲しい」ということを企画していくことになります。アーティストの多くは音楽事務所に所属していますので、この際も、音楽事務所が主要な交渉先となります。ただし、このときには、興行を買う、買わないの交渉ではなく、アーティストの出演交渉を行っていくわけです。
近年ではオーケストラのレジデンスを行うホールもでてきました。また、さまざまな企画に積極的に取り組んでいるホールの場合には、既存の音楽事務所がマネジメントしていない国内のアーティスト、あるいは招聘ルートをもっていない海外のアーティストを呼びたいということもでてきます。ここまで来ると、ホール自体が、アーティストのマネジメントや海外からの招聘という、今まで音楽事務所しかやってこなかった業務領域にも入っていくことになります。
しかし、現在のクラシック興行界の一番のテーマが「聴衆の育成である」と言われているように、集客できるコンサートを企画するのは、プロの音楽事務所にとっても決して容易なことではありません。自分の地域に新しい聴衆を育てる覚悟で臨む必要があるでしょう。
●クラシック興行界の仕組み(図)