●レコードが取り持つ新たな"縁"を求めて
6月8日、「レ・コード館」は柿落としの町民参加音楽劇で興奮に包まれていた。人口6500人の町で、総勢350名が出演。昼夜2公演に1000人以上の町民が詰めかけた。ストーリーは、失われたレコードを探して主人公が過去、現在、未来を旅するというものだ。音楽監督として新冠に何度も来町、歌や演奏の指導をしてきた城之内ミサさんも特別出演した公演の模様は、翌朝のニュースで全国に紹介された。
レ・コード館は、北海道の新冠町が広く全国に呼びかけてレコードを収集、保存、公開するユニークな町営施設だ。現在、歌謡曲からクラシックまでさまざまなジャンルのレコード36万枚が収蔵されている。それだけだといわゆる博物館だが、それに加えて、ここにはコンサートや演劇に使用できる町民ホールも併設されている。
新冠は札幌から車で2時間30分。有名なサラブレッドの産地で、町の南半分は緑の牧場が延々と連なり、北部には日高山脈の最高峰ポロシリ山がそびえる。その町がなぜレコードなのだろうか? そもそもの始まりは8年前にさかのぼる。ふるさと創生資金の使い方をめぐって町民から募ったアイデアの中に「貴重なレコードがどんどん捨てられている。これを町が収集して保管することができないだろうか?」というレコード愛好家からの声があったのがきっかけだった。開館準備室から施設計画、レコード収集に関わってきたレ・コード振興係長の堤秀文さんは、町の想いを次のように語ってくれた。
「誰でも経験があると思いますが、レコードと収録された曲には持ち主の想いがたくさん詰まっています。そのレコードをお預かりすることで、町と持ち主との深い縁が生まれる。レコードと音楽を介して町といろいろな人とのネットワークをつくっていきたいというのが、レ・コード館の基本コンセプトなんです。こうした縁でいろいろな人が町にいらっしゃる。外からの刺激が入ってくることで町民が新しい活動を始めるきっかけになれば。それが結局、ひとづくり、究極的にはまちづくりにつながると考えています」
レコードの収集を始めたのは1991年。個人のほか、全国の放送局、図書館などに寄贈を呼びかけたところ、予想を上回る反響があり、北海道から沖縄まで、年3万~4万枚ペースで送られてきた。「目標は100万枚。寄贈者にはお礼に特産のアスパラガスを送っています」。持ち主が何度も訪れてくれるようにと、レコードは寄贈者別に整理されている。こうした細かい配慮によって"縁"がつくられていくのだろう。
とはいうもののサラブレッドの町にとってレコードはやはり唐突。開館前にはポロシリ山町民登山の日に蓄音機を担いで登り山頂コンサートを開いたり、フォーラムや施設見学会などさまざまなプレ事業を実施した。その延長線上にあるのが今回の柿落とし公演、町民参加の音楽劇だった。
札幌や東京から専門家を招き、町内の文化グループや学校の協力を得て、4月から毎週のようにワークショップや稽古を行った。「舞台に立って、こんなに町民が変わるとは思いませんでした。オープンまで何かと反対していた人が、また舞台に立ちたいって言うんです。みんなの中で何かが変わった」と堤さん。オープンから1カ月を経て、道内外から延べ2万人の来館者が訪れ、施設の評判も上々だ。
「夏休みには、ビデオに音を重ねていくといった簡単な音響のワークショップを企画しています。音楽や音響について、ここでプロが育っていくような仕掛けもしていきたい。とにかく、まだしばらく休みがとれそうにないですね」
(宮地俊江)
●新冠町聴体験文化交流館「レ・コード館」
[施設概要]ミュージアムでは、レコードの歴史、音響機器の歴史を展示。ホーンの直径が1.7メートルもある日本最大級のオールホーンスピーカーシステムを導入。またレコードの磨耗を防ぐため、レコード針を使わないレーザーターンテーブルを使用し、スタッフがリクエストに応じてレコードをかけてくれる。そのほか、地震や火災に対して最新の配慮がなされた収蔵庫、科学工房、町民ホール(507席・可動)、レコードや音楽関係の書籍を集めた図書プラザ、個室でレコードを楽しめるリスニングブースなどを備える。
[所在地]〒059-24 北海道新冠郡新冠町(にいかっぷちょう)字中央町1-4 Tel. 01464-5-7833
●レ・コード館オープニング事業
『新冠 その輝ける未来』
[公演日]6月8日(2公演)
[主催]新冠町
[企画運営]実行委員会「熱人(ネット)新冠」
[スタッフ]城之内ミサ(音楽監督/作曲家、演奏家)、加藤和郎(演出/NHKチーフプロデューサー)、悟空あきら(脚本)ほか
地域創造レター 今月のレポート
1997年8月号--No.28