2月1日、水戸芸術館でこれからの美術館像をさぐるシンポジウム「環境としてのミュージアム」が開催されました。パネリストとして登場したのは川村記念美術館学芸担当課長の広本伸幸氏、豊田市美術館学芸担当主幹の青木正弘氏、水戸芸術館現代美術センター芸術監督の清水敏夫氏。3館は、いずれも東京、名古屋から1~2時間という距離に位置しながら、遠方からも来館者が絶えない人気の美術館です。
シンポジウムでは、3館がスライドを用いながら具体的な活動を報告した後、美術館のコレクションと企画、美術館を取りまく環境について討論がなされました。今回は、各氏のお話を交えながら3館の活動をご紹介するとともに、シンポジウムの一部を紹介します。
●川村記念美術館の場合
川村記念美術館は、大日本インキ化学工業(株)がその関連グループ会社とともに収集してきた美術品を公開するため、1990年5月に千葉県佐倉市の郊外に開館した美術館です。郊外型の美術館として、観光客にも配慮した施設づくりを行い、四季折々の自然を十分に生かしたアプローチ、散策路、別棟のレストランなどのゆったりとした環境が大きな魅力となっています。
「新製品の開発に力を入れている顔料のメーカーであることから、“色をテーマにした作品”と“新しい作品を積極的に買う”という収集コンセプトがつくられました。それに基づき、マーク・ロスコ、フランク・ステラといった20世紀の現代美術の巨匠の作品を積極的にコレクションしています。展示空間を計画したときも“まずコレクションありき”が出発点でした。ロスコの晩年の大作7点を四方の壁に展示した「ロスコ・ルーム」など、所蔵作品の魅力を生かす展示空間づくりを行い、それがうちの自慢になっています」
●豊田市美術館の場合
豊田市美術館は、95年11月に開館した市立の美術館で、国内外の現代美術、近代美術とフランク・ロイド・ライトの椅子などのデザインのコレクションを行っています。同美術館の最大の特色は、作品収集と並行して美術館の設計を行ったことです。
「"来館者と作品にどう出合ってもらうか" "じっくり作品と対峙できる環境をつくること"にこだわり、4年にわたって、建築事務所と緊密に連絡を取りながら、収集した作品に最も適した展示空間について徹底的に議論を行いました。さらに収集活動の一環として作家がその場所のみの作品をつくりあげる"コミッション・ワーク"を試み、ジェニー・ホルツァー、コスースなど4人の作家に依頼して、建築過程でしかできない作品制作を実施しました。
コレクション展示では、"観客は現代人なのだから"と、導線はよくある過去から現代へ、ではなく、現代から過去へという順に組んであります。また、企画展のたびに展示室の精巧な模型をつくって配置について検討し、移動壁を使わず、床から立ち上がる形の壁を使って、展示作品に最良の空間づくりを行っています」
●水戸芸術館の場合
水戸芸術館現代美術センターの場合、先の2つの美術館と対照的に「所蔵品をもたない」ということを基本コンセプトとしてスタートしています。だから「うちは美術館ではなく美術センター」と清水氏。そのセンターが90年の開館以来、活動の軸としてきたのが若い現代美術作家による滞在制作です。
「滞在制作を行うときには、一般の人がかかわれる"ワークショップ"というかたちをとりました。例えば、93年夏に開催された曽根裕によるワークショップ『19番目の彼女の足』は、自転車によく似たTool(単体では乗ることができない、車輪が1つしかないパーツ)を19台連結し、公募により選ばれた19人の若者が一夏をかけてそれを乗りこなすというパフォーマンスでした。その後、このToolはスウェーデンに渡り、ルーゼウム現代美術センターでの展覧会に出品され、そこでも19人の乗り手を集めてパフォーマンスが行われました」
3館の活動に共通しているのは将来を見据えた明確なビジョンをもって、施設づくり、コレクション収集、企画といった活動を行っているということです。しかし、現在の日本では、こうした基本的なコンセプトがもてない、あるいはそれを具体化するには障害が多いのが現状です。
「公立美術館では、コレクションの資産価値が問われることが多く、金額の高い安いだけが取りざたされる傾向にあります。しかし、美術品に“適正な”価格はありません。売りに出るタイミングや、保存状態などさまざまな点を考慮して決まってくるもので、問題なのは、その作品が美術館の収集方針に照らして必要かどうかなのに、それをしっかり説明できる人がほとんどいません」(広本)
「豊田市美術館では、常に20年後のコレクションのことを考えて収集活動を行っています。ですから1つの作品を手に入れるのに3年かけることもありますし、逆にそれがやれるのです。また、行政の場合、予算年度の問題があって柔軟な購入がしにくいのですが、うちは、財団で購入してから市が買い戻すという方式をとっているので、的確なタイミングで良い作品が入手できています」(青木)
「水戸も財団運営なので“わかりにくい”と拒否感の強い現代美術の企画が通しやすいというところがあります。しかし、水戸の企画から生まれた作品の多くは、日本ではなくドイツやアメリカなどの美術館にコレクションされているのが現状です。本当は、日本の他の美術館に積極的にコレクションしてほしい。日本で生まれた作品が、日本に残り、日常生活の中で出会えるようになっていかないと」(清水)
このシンポジウムの企画者の現代美術センターの森司学芸員は、「これからの美術館は売りになるキャラクターをつくるだけでは弱い。観る人が作品といいコミュニケーションがとれる環境をどうつくっていくかだ」と問題提起されていましたが、この3館の活動には、そうした美術館の環境づくりを考える上で貴重なヒントが隠されているように思いました。
こういうテーマがでると「美術館の教育普及」が取り上げられることが多いのですが、美術館の基本であるコレクションに話題が集中したことが、逆に問題の所在を明確にしたのではないでしょうか。何をコレクションするか(何をつくりだすか)がすなわち何を伝えたいかなのだということがよくわかった3時間でした。
●川村記念美術館
〒285 千葉県佐倉市坂戸631
Tel. 043-498-2131
●豊田市美術館
〒471 愛知県豊田市小坂本町8-5-1
Tel. 0565-34-6610
●水戸芸術館現代美術センター
〒310 茨城県水戸市五軒町1-6-8
Tel. 029-227-8111