一般社団法人 地域創造

「舞台芸術活性化事業」レポート

 「舞台芸術活性化事業」は、地域における文化的な潜在力の活性化を目的に、本年度、初めて実施された実験的な事業です。事業内容は、全国から3地域を選び、地域で演劇を志している人たちにプロの舞台美術家や俳優、話題の演出家と共同でオリジナル作品をつくる機会を提供するとともに、地域が独力では企画しづらい首都圏でのお披露目公演の場を設けるというものです。各地域でどのような共同作業が行われたのか、実際の制作プロセスと参加者の声をお伝えしたいと思います。

 

 本事業への参加地域が正式に確定したのが95年の12月中旬。10カ月余りで体制づくり、新作プロデュース、地元公演、首都圏公演まで行うという短期集中プロジェクトであるため、演劇に関して実績のある北九州市、前橋市、埼玉県の3地域が選ばれました。

 

 この事業の総合プロデューサーは利賀、水戸など地域における国際的な演劇拠点づくりの草分けとして知られる鈴木忠志氏です。鈴木氏の「演出家と作家を同一人にしないこと、全国的に活躍している演劇人は各地域3名とすること、できるだけ若手演劇人に活動の場を提供すること」という基本方針に沿って各地でプロデュースが行われました。

 

●北九州市の場合

 

 北九州市は2001年の文化拠点建設に向けて93年から北九州演劇祭をスタート、東京だけでなく地域の劇団との交流も活発に行っています。昨年からは北九州市立大手町練習場内に演劇祭事務局を設けて恒常的な活動体制をつくるなど実力のある地域です。

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 「関係者と相談して"双数姉妹"の小池竹見氏を招きました。作家は総合プロデューサーと相談しながら、地元の若手をと小池さんも参加した選考会で選びました。それと地域を挙げて取り組むということで、高田一郎さんを美術に迎えて、溶接技術などをもつ地元企業の方を巻き込んだワークショップを実施しました。ゲームで役者の個性を引き出す小池さんの演出方法は地域の役者にとって全く新しい経験でしたし、製鉄という地元産業の溶接技術を生かした舞台美術づくりなど、東京と地域のコラボレーションは一定の成果を納めたと思います。ただ、時間的な制約もあってきちんとした受け入れ体制がつくれなかったため、実際の共同作業についてはいくつかの課題を残しました。スケジュールの遅れ、初顔合わせでアマチュアを巻き込む短期間プロジェクトの難しさなど、地域のプロデュース力不足がよくわかりましたが、こうしたことすべてが大変貴重な経験だと考えています」

(市山裕之)

◎北九州市
[主催]北九州演劇祭実行委員会/福岡県民創作劇場実行委員会
[共催]地域創造
[主な事業内容]オーディション(6月16日)、俳優ワークショップ(6月21日~23日)、「芸術と産業の融合」を目的に地元企業も参加した舞台美術・衣裳ワークショップと劇場づくりワークショップ(9月~10月)、「中盤のパラノイア」展(10月、井筒屋黒崎店)、ボランティア(講義と手伝い)、旧尾倉小学校体育館公演(11月15日~17日・3ステージ)、劇場周辺の雰囲気づくり事業「八幡アートプロジェクト」(11月)、彩の国さいたま芸術劇場公演(11月30日~12月1日・2ステージ)
[公演内容]『中盤のパラノイア』 原作/出演・川田昌史、脚本/演出・小池竹見(劇団双数姉妹)、舞台美術・高田一郎、衣裳・樋口藍、出演・地元オーディション9名、劇団双数姉妹2名
[練習場]旧尾倉小学校体育館
[会場]旧尾倉小学校体育館仮設ステージ
[応募者数]俳優約100人
[参加者]舞台美術・劇場づくりワークショップ46人、ボランティア50人
[地域公演の動員]890人(満席)
[担当窓口]北九州演劇祭事務局

 

●前橋市の場合

 

 前橋市は高校演劇の県大会、全国大会での優勝経験も豊富な共愛学園をもち、市職員組合40周年記念ではじめた前橋芸術祭も5回を迎えています。今回の事業は群馬県との共催となるため、調整業務に慣れた企画調整課が地域の演劇人の協力を得て実施しました。

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  「企画調整課として演劇事業をやるのは初めてだったので、その事務量の多さに驚いたというのが正直なところです。体制的には前橋市、群馬県、商工会議所会頭などによる実行委員会、県・市の課長クラスによる制作委員会を設け、その下に実務担当者による調整会議を開いて対応しました。庁舎内で稽古していたため深夜の施錠も職員が行うなど、現場的には企画調整課の職員2名がかかりきりでした。プロデュース内容については、地元劇団の主宰者や高校演劇の先生など前橋芸術祭のキーマンで検討し、作家・演出家は地元、主演女優・舞台美術・音響にプロを招き、演劇空間として魅力のある明治時代の迎賓館「臨江閣」で公演することになりました。2階大広間をそのまま使わず、劇場並のステージを組むというので、重量計算をして臨みました。演劇人との付き合い方もわからず手さぐりでしたが、とにかく無事に終わってひと安心しています。高校演劇が盛んで役者は揃っていてもスタッフが勉強する場がなく、今回は劇場ではない場所で一からプロと一緒につくれていい経験になったと思います」

(石田隆男・西澤秀明)

 

◎前橋市
[主催]舞台芸術活性化事業実行委員会
[共催]前橋市/群馬県教育委員会/地域創造
[主な事業内容]オーディション(7月21日)、俳優ワークショップ(8月中)、大道具ワークショップ(10月26日~28日)、臨江閣公演(11月9日~11日・3ステージ)、彩の国さいたま芸術劇場公演(11月23日~24日・2ステージ)
[公演内容]『橋屋』 演出・小出和彦、監修・荒井正人、プロデュース・小平人資の地元演劇人3名による共同執筆、美術・濃野壮一、音響・斉藤アキヒ、出演・伊東景衣子、地元オーディション合格者15名
[練習場]庁舎11階会議室
[会場]前橋市指定文化財の臨江閣別館2階大広間(180畳)仮設ステージ
[応募者数]俳優79人、スタッフ27人
[地域公演の動員]775人(満席)
[担当窓口]前橋市企画部企画調整課

 

●埼玉県の場合

 

 埼玉県の受け入れ先となったのは国内有数の施設である彩の国さいたま芸術劇場(埼玉県芸術文化振興財団)です。設備だけでなく、照明、音響の専門プランナーなどスタッフも充実。94年、95年と演出家竹内銃一郎氏を招いたワークショップによるオリジナル作品づくりも行っています。今回は首都圏公演の受け入れ先としても参加していただきました。

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 「ここは首都圏の劇場でもあり、地域性を意識することはほとんどありません。今回の事業については、自分たちのプロデュース能力を高め、オリジナル作品づくりを行うための蓄積と考えて取り組みました。演出家については鈴木さんからの推薦で川口市を拠点に活動している原田一樹さん、作家は埼玉県演劇協議会の推薦で鳥越くろうさんに決めました。オニールの戯曲をバブル時代の日本に置き換えた作品にという演出家の意向で、原田さんが徹底的に鳥越さんに付き合い、何度もディスカッションしながら台本をつくりました。竹内さんとの仕事により、ここがプロによるワークショップやオリジナル作品づくりに意欲的な劇場だという認識が定着してきたようで、今回のオーディション参加者のレベルが高くなってきたのが印象的でした。それと劇場の技術スタッフがプランナーとして力を発揮する場にもなりました」

(三井隆司)

 

◎埼玉県
[主催]財団法人埼玉県芸術文化振興財団
[共催]地域創造
[主な事業内容]オーディション(7月26日~28日、8月1日~3日)、俳優ワークショップ(8月26日~31日、9月24日~27日)、彩の国さいたま芸術劇場公演(12月7日、8日・2ステージ)
[公演内容]『神の庭園-E・オニール作「皇帝ジョーンズ」より』 演出・原田一樹、脚本・鳥越くろう、美術・大田創、出演・佐藤祐四、永田博丈、矢野陽子、狭間鉄、地元オーディション25名、技術監督・音響プランナー・照明プランナー・舞台監督は彩の国さいたま芸術劇場専任スタッフ
[練習場]彩の国さいたま芸術劇場中稽古場1
[会場]彩の国さいたま芸術劇場小ホール
[応募者数]俳優137人
[埼玉公演動員]532人(満席)
[担当窓口]彩の国さいたま芸術劇場事業課

 

◎首都圏公演
[主催]財団法人埼玉県芸術文化振興財団
[共催]地域創造
[会場]彩の国さいたま芸術劇場小ホール
[公演日程]「彩の国・秋の舞台芸術祭」(11月23日~12月8日)の一環とし
てプログラム。各作品のスケジュールは前述の通り。

 

●鈴木忠志総合プロデューサーより

 

 「地域で演劇を志しても、ほとんどの劇団が東京に集中しているため、場もなければ仲間もつくれないというのが現状です。演劇はチームプレイなので、いい戯曲があったとしても演出家がいなければダメだし、演出家がいても俳優がいなければ演出家の能力は発揮されない。誰もが自立した表現者ではなく、触媒がないかぎり自分を実現できないのが演劇のおもしろいところなのですが、今の地域ではこのチームプレイができません。なら必要な人材に地域に出向いてもらおうじゃないかというのが「舞台芸術活性化事業」だったわけです。地域を越えて若い世代の芸術家がコラボレーションした成果は一朝一夕ででるものではありませんが、こうした試みを通じて、芸術家同士の共同作業、連帯、友情がものを動かしていくことを少しでも体験していただけたのではないかと思っています。舞台芸術で一番大切なことは、こうした身体性をともなった経験知によって、世界を、人間を理解することです。この経験知を伝承していくことによって舞台芸術は豊かになっていきます。今回の参加者が将来も演劇に携わるかどうかは別にしても、この経験知によって地域の文化的なリーダーとなり、地域の個性として活躍されるだろうと思っています」

 

地域創造レター 今月のレポート
1997年2月号--No.22

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