一般社団法人 地域創造

埼玉県川口市 アーティスト・イン・レジデンス 「彩の国さいたまAIR」

 アーティストにある期間滞在してもらい、創作活動が行えるスタジオを提供するアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)。日本ではまだなじみが薄いが、主に地方自治体による芸術支援のひとつと考えればいい。地域の文化振興や国際交流にも役立つ。すでに2、3年前から東京都日の出町やあきる野市、茨城県守谷町などで実施されており、今回レポートする「彩の国さいたまAIR」は、今年度から埼玉県と川口市によって始められたものだ。
 
 埼玉県では昨年度から「アートに出会うまちづくり」を進めており、AIRもその一環として位置づけられる。県下の市町村との共催により毎年開催場所を変えながら続けていく計画だ。ここで疑問なのは、毎回場所を移動するのでは1回限りのイベントに終わってしまい、地域の文化振興に役立たないのではないかということ。ところが初年度の開催地となった川口市では、来年度からも市独自にAIRを継続させていく方針を固めている。県のまいた種が早くも根づき始めているのだ。

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 川口市は「キューポラのある町」として知られるように、鋳工場が多い。そのため、町の特色を生かして鉄を使う彫刻家を呼ぶことになり、ドイツからヴィリ・ヴァイナー氏が招かれた。8月に来日して、半年余り滞在・制作する予定である。一口にAIRといっても、目的も滞在期間もさまざまだが、ここでは「アートに出会うまちづくり」をテーマのひとつに掲げているため、滞在の最後に個展を開き、作品を1点寄贈することが義務づけられている。 「いつもその国独自の状況や新しい文化との出会いのもとに作品を発想する」というヴァイナー氏は、11月の時点で、赤ちょうちんや4畳半など日本での印象を数点作品化していた。ヴァイナー氏にとっては新たな作品展開であり、また彼自身も日本滞在を楽しんでいる様子で、アーティストにとっての収穫は少なくないようである。

 

 では、埼玉県や川口市にとってのメリットはどうだろう。まだプログラムの途中であり、またすぐに目に見えるかたちで効果の表れる事業でもないので、結論を下すにはまだ早い。しかし11月に行われたスタジオ公開とレクチャーでは、3日間に約250人の市民が集まり、まずまずの成果を挙げている。
 
 象徴的だったのは、そのレクチャー後のパーティーで、ヴァイナー氏が自分の作品の社会的意義について語るのに対し、ある地元作家は作品についての芸術論に終始し、話が噛み合わなかったことだ。ヴァイナー氏は、アーティストとしての自分の社会的な役割をよく認識しているのだが、これこそ日本人アーティストの多くに欠けている視点といえる。もとより芸術の社会的地位などないに等しい日本では無理もないことだが、しかし市民もアーティストも今後アートと社会の関係について考えていかなければ、「アートに出会うまちづくり」などおぼつかないだろう。そうした意味でも、このAIRの存在意義と継続の必要性を改めて痛感したのである。

(美術ジャーナリスト/彩の国さいたまアーティスト・イン・レジデンス顧問 村田真)

 

●ヴィリ・ヴァイナープロフィール
1954年生まれ。アウグスブルク造形学校卒業。現在、ドイツ、シュトゥットガルト在住。作品の基本的なスタイルは、鉄板を溶接して組み立てた中空の立体とドローイング。これまでの海外でのAIRに多数参加。11月に行われたレクチャーでは、イタリアでの滞在制作を中心にこれまでの氏の活動についてスライドを交え紹介。

 

主な滞在制作歴
1985年 ヴィラ・ロマーナ賞を受け、フィレンツェで滞在制作。
1988年 カール・シュミット・ロットルフ記念奨学金を受け、フィレンツェで滞在制作。
1992年 パリ市国際芸術助成金を受け、パリで滞在制作。
1995年8月から彩の国さいたまアーティスト・イン・レジデンス事業に招聘され、滞在制作中。
1996年3月まで滞在予定。

 

 

地域創造レター 今月のレポート
1996年2月号--No.10

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