7月15日から30日、石川県の鶴来町で「アートフェスティバルIN鶴来 '95」が開催された。町なかを舞台に現代美術作品の公開制作と展示、パフォーマンスなどが行われ、来場者は地図を片手にそれらを訪ね歩くというフェスティバルだ。
鶴来町では商工会青年部が中心となり、年々減っている古い町並みや、町の産業を生かして何かできないかとさまざまな企画を試みてきた。91年、94年にはヤン・フートのオーガナイズにより、町の素材や景観を生かした現代美術祭「ヤン・フートIN鶴来」を開催、今回のフェスティバルも、そうした商工会青年部の活動の延長線上に実現したものだ。
今年も、ヤン・フートの選んだ2名の海外作家の滞在制作が行われた。ミロスラフ・バルカ（ポーランド）の作品は、町の鉄工所の協力で制作されたもの。一方、倉庫の中に出現した巨大な木造の構築物はオランダのピョートル・ミュラーの作品で、町の古くからの産業である製材業と、町を流れる手取川をモチーフにした作品だという。制作には商工会スタッフとボランティアが総出で協力した。
また、今年から町なかを国内若手作家の作品発表の場として開放したところ、26組の応募があり、商店のシャッターや旧家の土間、神社の参道などに展示・発表された。作品設置場所は、アーティストの希望する場所の所有者と商工会スタッフが話し合い協力を得ていった。
さらに、空間全体に糸を張り巡らしてひとつの楽器に仕立て、演奏を行うアーティスト、水嶋一江に「辻家（つじけ）」を舞台にした演奏を依頼。「辻家」とは築約170年、 町のなかでも一段と歴史を感じさせる旧家であるが、老朽化のため現在人は住んでいない。「辻家」の今後についての議論が深まるきっかけになればという商工会スタッフの考えもあり、水嶋氏に演奏を依頼することとなったという。
最終日前夜、「辻家」には次々に観客が集まり、100畳ほどの空間は人いきれで熱気が漂う。黒ずんだ柱から柱、梁から梁へ幾千もの絹糸が張り巡らされ、ほの暗い照明のなか、まるで繭のなかにいるような不思議な気分だ。やがて、静かにふすまが開き、奏者が姿を現す。奏者は観客のなかを移動しながら、からだ全体を使って糸を弾き、ふるわせ、音をつくりだす。奏者が自分の座るすぐ横を通ると、からだの内側から音が響いてくるようだ。演奏が終わったときは拍手がなかなかなりやまない。
終演後、来場者にはアンケートが配られ、演奏の感想とともにその夜の舞台となった「辻家」の今後の利用形態についての意見が求められた。町内、外の来場者を問わず芸術活動の創造の場として利用してほしいとの声が多いとのこと。こうしたアンケートの結果を受け、町役場では「辻家」を保存、活用していくことを検討中だ。
商工会スタッフを中心とした町の人と、アーティストが、鶴来町の街並みや産業を素材に現在進行形のアートをつくりだす。それが同時に町内外の人が町の風景や産業、人、そしてアートについて改めて考え、関わっていく契機となっている。美術館や収蔵作品のような「形」としては見えなくても、こうした過程を積み重ねていくこと自体が、地域と、そしてアートにとっても大きな力となることは間違いないだろう。
（宮地俊江）
●鶴来町（つるぎまち）の概要
［人口］20,996人（1995年3月現在）
［面積］35.64km2
金沢の市街地中心部から南へ車で約30分。白山連邦の山並みを抱く。町中心部には、江戸時代後半から昭和初期に建てられた商家、旧家が残る。豊富な森林資源を背景に、木材業、木彫り獅子頭、檜細工がさかんである。
●商工会青年部のこれまでの主な活動
約10年前、「保有資源調査」を実施。以降、鶴来別院、白山比 神社を会場としたコンサートなどを企画。1991年にはゲント市立現代美術館館長のヤン・フートのキュレーションにより国内現代美術作家の作品を町なかに展示した「ヤン・フート IN 鶴来」を開催。1994年には、町が主催、商工会主管というかたちで「ヤン・フート IN 鶴来パート2」を開催した。
●アートフェスティバルIN鶴来 '95
主催／鶴来町・鶴来現代美術祭実行委員会
主管／鶴来商工会青年部
ヤン・フートの選んだ2名の作家が滞在制作を行う「アーティストINファクトリー鶴来」のほか、いくつかの新しい試みを実施した。水嶋一江のインスタレーションミュージック、現代美術と町の伝統産業（今年は和菓子、木彫り）の「異業種交流」を目指す「アート・クラフトワークショップ」、そして町なかを国内若手作家の作品発表の場として開放する「アート・ストリート」。現在、来年の参加アーティストを募集中。
地域創造レター 今月のレポート
1995年10月号--No.6