財団法人地域創造が応援する事業のひとつに、地域の資源と人々の参加プロセスを大切にする支援事業がある。この観点から95年度の助成事業として選ばれたのが、先月18日に福井県の武生市文化センターで実施されたモノオペラ『源氏物語~声の幽韻~』だ。今回のレポートでは公演の模様を含め、事業の概要などをお伝えしたい。
この企画は、紫式部ゆかりの地として『源氏物語』を地域の文化遺産と考えている武生市が『源氏』をテーマにした舞台芸術を創作するもので、市内の愛好家を中心に作られた「源氏物語アカデミー委員会」が広報やチケット販売などで積極的に協力した。
公演当日は時折雨が降るあいにくの天候。5000円の入場料に加え、極めて実験的な催しにも関わらず約600人の聴衆が集まり、まずまずの盛況。
作品は『源氏』の和歌を題材にした松平頼則(まつだいらよりつね)の現代音楽をモノオペラ化したもので、舞台は写真のように極めてシンプル。前衛的日本画家として知られる今井俊満の絵画が5点、音楽に合わせて上下する。『源氏』が書かれた平安時代の雅楽を意識した曲が西洋の管弦楽器と笙(しょう)、箏(そう)などの雅楽器により“共奏”される…。詩歌を読み上げる歌披講(うたひこう)の唱法を意識したソプラノ歌手、奈良ゆみの歌声が響く中、ふたりの舞踊家が静かに舞う。
こうした実験的な芸術作品を公共ホールの自主事業として展開することに関しては、まだまだ議論のあるところだが、こういう機会に様々な角度から検討されることが一番必要なのでは、というのが素直な感想だ。
総製作費約3000万円、制作期間は構想から丸1年以上、制作場所はチームが最も集まりやすかった東京。2回の公演延期というトラブルを乗り越え、市の補助や地域創造の助成を受けて公演を実現に漕ぎつけたのは、文化センターの田中浩館長の熱意と尽力によるところが多い。
田中館長と言えば、武生市を全国的に有名にした「武生国際音楽祭」のキーパーソン。この音楽祭はメンバーの豪華さもさることながら、世界的な現代音楽家クセナキスが地元の中学校で公演を行ったり、地元のボランティアが積極的に運営に参加する(昨年は65人が参加)など、地域密着型の事業の先行例として評価を得ている(ちなみに、昨年は人口7万人の市で延べ1万4000人の人が来場)。今回の実験オペラが実現できたのも、こうした活動の裏付けがあったればこそ。であるならば、市民の巻き込み方までもうひと工夫できるエネルギーと時間のゆとりがあれば、と思うのは欲張りすぎなのだろうか。
(松井芳和)
●「源氏物語~声の幽韻~」公演データ
[日時]1995年4月18日(火)19時開演
[会場]武生市文化センター 大ホール
[主催]武生市、武生市教育委員会、(財)武生市文化振興・施設管理事業団、源氏物語アカデミー委員会
[総合企画・制作](財)武生市文化振興・施設管理事業団
[企画]東京オーケストラルスクエア
[制作](株) ARC
[プロデューサー]秋山晃男
[出演]ソプラノ:奈良ゆみ、舞:原田公司、西島千博
[演奏]管弦楽:東京オーケストラルスクエア
[スタッフ]監修・作曲:松平頼則、芸術監督:伊東乾、構成・演出:渡辺守章、振付:厚木凡人
●武生市(たけふし)の概要
[人口]69,932人(1994年3月現在)
[面積]185.32km2
福井県のほぼ中央部に位置し、県下第2位の人口を有する。越前国府の置かれた所であり、若き日の紫式部も一時この地に住んでいる。
●武生国際音楽祭について
当初、フィンランド音楽祭として、1990年にスタート。92年からは、オランダ、デンマークなどの参加を得て武生国際音楽祭に発展。現代音楽を取り入れるなど、積極的な取り組みが注目されている音楽祭である。今年も「武生国際音楽祭'95」として、6月2日から11日までの日程で開催予定。
●源氏物語アカデミーについて
1988年に市制40周年記念事業としてスタート。運営主体として、地元・全国の源氏物語愛好家による「源氏物語アカデミー委員会」が結成され、全国で千人以上の会員を数えている。1996年には、紫式部越前国府来遊千年イベントが企画されている。
地域創造レター 今月のレポート
1995年6月号--No.2